このコロナ禍で憂うつな気分になっている人も多い。大切な家族が、友人が、仕事仲間が、自身の命を絶たないために、まわりはどう対応したらいいのか――。日本自殺予防学会の理事長で、帝京大学医学部付属溝口病院精神神経科の張賢徳医師に話を聞いた。

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――「コロナうつ」という言葉が作られるほど、心の問題が深刻化しているように思います。

張医師(以下、張):「コロナうつ」については、感染恐怖はもちろん、長期間にわたる自粛ムードによる疲れや、閉塞(へいそく)感から生じる不安、抑うつ感、現実的な家計の不安など、新型コロナウイルス感染症に関連するうつ状態を広く指すものだと理解しています。

 極端な話かもしれませんが、今、多くの国民が不安を感じています。そう考えると、うつ病など病的なレベルまで達している人は、相当数いるのではないでしょうか。実態が見えてこないのは、そういう人が精神科などを受診していないからです。

 気がかりなのは、みんなが何かしら不安や抑うつ感を抱えているので、「みんなつらいんだから、仕方ないよ」とすませてしまうこと。それによって、うつ病の発見が遅れるリスクがあります。

――不安や抑うつと、うつ病は違いますか?

張:不安や抑うつといった感情は誰でも起こるものです。それが脳の機能障害を起こしてうつ病を発症するまで、タイムラグがあります。

 実際、新型コロナに関連してうつ病になったと思われる患者さんが当院を受診するようになったのは、緊急事態宣言の2カ月後、6月に入ってからです。近隣のメンタルクリニックや知り合いの精神科医も、6月ぐらいからそういう患者さんが増えてきたと話しています。

――7月以降、自殺者が増えています。これをどう見ますか?

張:最初に自殺リスクが高いと考えたのは、自粛ムードで経済的な打撃を受ける業種の方々、具体的には飲食業とか観光業に携わっている方です。実際、不況と自殺とは関連があり、それも少し時間をおいて増えるといわれています。

 今はそれに加えて、若い女性の自殺を心配しています。数では男性のほうが圧倒的に多いのですが、どうも増え方を見ると、女性のほうが大きい。理由はさまざまですが、夫のリモートワークや子どもの休校などで家族が自宅にいる時間が多くなり、女性の負担が増えたというのが一因だと考えられます。何も対策を講じなければ、今後も自殺者の数は増えるのではないかと危惧しています。

――多くの人にとって「死」は怖いものです。それなのに、なぜ自ら死を選ぶのでしょう。

張:そこには共通する病気があります。それがうつ病です。健康な人でも落ち込んだりつらいことがあったりすると、「死んだほうがマシ」と考えたりしますよね。実際、ある調査では、国民の4分の1が「死にたい」と一度は考えています。それでも死を選ばないのは、そこまで深刻な問題ではないケースもありますが、やはりその根底にあるのは死への恐怖や、「まわりが悲しむから死ねない」といった責任感があるから。それは極めて正常な心理です。

――うつ病になると、正常な心理が働かなくなるということでしょうか。

張:そうなんです。うつ病の患者さんと話されるとわかると思いますが、すごいネガティブな感情に支配されたり、他のことがまったく見えなくなる“心の視野狭窄(きょうさく)”が生じたり、自責感に駆られたりしています。

 大事なのは、これは本人の意思とは別に起こる衝動ということです。実際、うつ病の患者さんに「なぜ死にたくなるのか」と聞くと、「わからない。それくらいつらいとしか答えられない」という人がいます。

――自殺された方の多くがうつ病だという報告もあると聞いています。

張:WHO(世界保健機関)の報告ですね。これによると、自殺した人の97%は精神医学で診断がつく病気、具体的には、うつ病や躁うつ病(双極性障害)といった気分障害、アルコール・薬物依存、統合失調症、パーソナリティー障害などがあることがわかっています。アルコール依存やパーソナリティー障害でも、自殺時にはうつ病を併発していることが多いので、やはりうつ病が自殺の大きなリスクとなります。

 反対に、そういった精神医学的な病気がなくて死を選ぶ人は3%にも満たないです。

――今回、芸能人の自殺で「自殺の連鎖」が懸念されています。

張:普通に健康な人は、自殺の報道を見て驚いたと思いますが、それで命を絶つことはありません。そういう報道の影響を受けやすいのは、すでに何らかの理由で自殺のほうに傾いている人たちです。先日も、うつの患者さんが話してくれました。「ああいう人たちも自殺するんだから、自分みたいな底辺の人間は死んでもいいんじゃないのって、本気で考えた」と。要するに、死ぬことを正当化して、背中を押されてしまうのです。

 特に同じような境遇にある人のほうが、共感しやすいので影響を受けやすいといえます。

――遺書については、どうでしょうか。

張:実は日本人の自殺者の統計を見ると、遺書を残しているのは3割にすぎません。遺書を書いているということは、自殺をするリスクがとても高いといえますが、かといって、残していなければ安心というわけではありません。

――最後に。最初に話がありましたが、コロナ禍の今、多くの人が不安を感じている。うつ病予備軍であるともいえます。

張:とかく「死」について語るのはタブー視されがちですが、今だからこそ家族と、友だちと話し合ってほしい。その上で、お互いに支え合う存在であることを確かめ合うことが大事だと思います。

(聞き手/本誌 山内リカ)