AERAで連載中の「いま観るシネマ」では、毎週、数多く公開されている映画の中から、いま観ておくべき作品の舞台裏を監督や演者に直接インタビューして紹介。「もう1本 おすすめDVD」では、あわせて観て欲しい1本をセレクトしています。



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 元夫と旅行中の6歳の息子が、海辺からかけてきた一本の電話。「パパが戻ってこない」。それが母・エレナが息子の声を聞いた最後だった──。ロドリゴ・ソロゴイェン監督(39)の「おもかげ」はそんな衝撃的なシーンから始まる。

「これは私の友人に実際に起こったことなんです。6歳の息子から電話がかかってきて『海岸にいるけれど、パパがどこにいるかわからない』と。幸い事なきを得ましたが、彼女は『人生で最悪の30秒間だった』と言いました。私は脚本家として、この話にドラマを感じたのです。もう少し時間を延長して、彼女を苦しませてみよう、と」

 2017年にまず15分の短編映画にした。1シーン1カットで、息子からの電話を受けたエレナの恐怖を緊張感たっぷりに描き、米アカデミー賞短編実写映画賞にノミネート。その短編を冒頭に使い、「その後」を描いたのが本作だ。

「短編を制作した仲間たちも私も、この物語を続けたいと思ったのです。不安に駆られながら息子を捜すために家を飛び出したエレナを、放っておくことはできなかった」

 10年後。エレナは行方不明の息子の残り香を追い、海辺のレストランで働いている。「息子をなくしてイカれた女」と口さがない人々は言う。そんなある日、彼女はどこかに息子のおもかげを宿した少年ジャンと出会う。事件の「その後」を、犯人捜しのサスペンスではなく、ヒロインの心の旅として描いた点が斬新だ。

「観客を驚かせたかったんです。通常は誰かがいなくなったら、その人を捜し、いなくなった理由を探す。私はひな型から逸脱したかった。そうではなく、息子を失った母親がどうやって暗いトンネルから出ていくのか、というところに光を当てたかった」

 ひな型に収まらないゆえ、作品の受け取り方も人それぞれだ。次第に親しくなっていく親子ほどの年の差のエレナとジャンを、周囲は微妙な目で見つめる。エレナがジャンに執着するのは息子のおもかげゆえなのか? 二人の間に確かにある愛はどんな種類のものか? ロドリゴ監督は答えを提示しない。さまざまな解釈ができるラストに、筆者は残酷さの余韻を感じたが、

「そう受け取っていただくのも、おもしろいですね。自分としては『赦(ゆる)し』を描いたと考えていますけど」

 影響を受けた監督は数多く、なかでもポール・トーマス・アンダーソンが好きだという。

「私は常に『この人物の最悪の状態はなにか?』を考えて物語をつくる傾向があります。普段の自分は残忍な人間ではないと思いますが、優れた映画やストーリーは、必ず登場人物が最悪の状態に立つことで生まれるのです」

 では監督にとって、もっとも最悪なことは何だろう?

「うーん、両親が亡くなることかな。まだ二人とも元気だけれど、いつかは必ず経験すること。でも心の準備ができていないし、考えたくない。子どもはいないので、その心配はしなくていいけどね」

◎「おもかげ」
10年前にいなくなった息子のおもかげを宿す少年と出会ったエレナだが──。10月23日から全国順次公開

■もう1本おすすめDVD 「ラブレス」

 我が子が突然、いなくなる。親にとってこれほど恐ろしい悪夢はないだろう。ロシアのアンドレイ・ズビャギンツェフ監督による「ラブレス」(2017年)も、そんな悲劇を発端にした物語だ。「おもかげ」とはまた違った視点による「ひな型からの逸脱」が、観る人の心に深い爪痕を残す。

 現代のロシア。一流企業で働く夫とサロン経営者の妻はいわゆるパワーカップル。しかし夫婦の間は冷え切り、二人は離婚に向けて話し合っていた。問題は12歳の息子アレクセイ。それぞれに新しい恋人がいる二人は、どちらも息子を引き取りたくないのだ。ある夜、夫婦は息子を押し付け合って口論をする。翌朝、息子の姿は消えていた──。

 なんと寒々と、いてついた物語だろう! 両親の口論を聞きながら、自室で耳をふさぐ少年の姿が痛々しい。夫婦はいなくなった息子を捜し回るが、もう遅い。息子の不在は身勝手な夫婦の心に永遠に消えない贖罪(しょくざい)の印を刻む。

 だが、この夫婦は特別だろうか? 周囲を見回せば、我が子を前にスマホにかかりっきりな親の姿がある。監督は自分ファーストで他者を愛せない「愛なき現代」を、痛切に切り取り、提示している。

◎「ラブレス」
発売元:ニューセレクト
販売元:アルバトロス
価格3800円+税/DVD発売中

(フリーランス記者・中村千晶)

※AERA 2020年10月19日号