事件を語る人の表情も、声も、すべてが生々しさに満ちていた。昭和最大の未解決事件をモチーフに書き上げられた塩田武士のミステリー小説『罪の声』が映画化された。事件を追いかける新聞記者・阿久津英士を小栗旬、事件に巻き込まれる曽根俊也を星野源が演じる。原作者である塩田武士を交えた3人が、10月30日の映画公開を前に、作品への思いを明かした。全文はAERA 2020年11月2日号に掲載されている。



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 小栗旬演じる阿久津と星野源演じる曽根は、それぞれ異なる方向から事件を追いかけてく。作中では、2人が対峙するさまざまな関係者の「声」によって、少しずつ事件の全貌と犯人の正体が明らかになる。事件の証言者を演じるのは、橋本じゅん、塩見三省、火野正平、宇崎竜童、梶芽衣子など、いずれも円熟したベテラン俳優たちだ。

小栗旬(以下、小栗):映画の中で、阿久津は毎日のように違う人に取材に行くんですけど、実際の撮影でも日替わりでたくさんの先輩方と共演させていただきました。皆さん本当に十人十色の個性があって、刺激的でした。特に印象深かったのは宇崎竜童さんとの共演シーンです。そのとき僕は36歳、宇崎さんは73歳で、年が倍以上離れていたんです。「俺が宇崎さんと同じレベルになるには、あともう一回自分の人生を生きなきゃダメなんだ」と思ったことを覚えています。

 取材を進める阿久津は、やがて「テープの声の子ども」の一人である曽根の元にたどり着く。小栗が星野と共演するのは、2015年のドラマ「コウノドリ」以来だ。映画では、今回が初共演となる。

小栗:源ちゃんとは、プライベートでは何度か会ってるんだけどね。

星野源(以下、星野):ただ2人きりでというより、たくさんの友達がいる中で話すみたいな感じで。

小栗:しかもそういうときは大体、俺がベロベロに酔っぱらってる(笑)。

星野:そうそう(笑)。だから今回の撮影で「やっとシラフの旬君と話せる」って感じでした。

小栗:共演して、ようやくお互いのことを深く知れた感じがします。

星野:当たり前だけど、飲んでるときとは全然違いました(笑)。旬君は「そっとその場所にいる」感じでしたね。丁寧にお芝居に臨む人だなと。

小栗:現場での過ごし方は、源ちゃんと似てるとこがあるかもね。なんか「普通にいる」みたいな。気負うことなく、自然に、静かに仕事に集中する感じ。

星野:しゃべっててもしゃべらなくても、気を使わずにいられる安心感があった。居心地がとても良かったです。

■個性より役になり切る

 作中で出会った阿久津と曽根は、激しくぶつかり合う。報道によって、家族との平穏な日々が壊されることを恐れ、事件について口を閉ざす曽根。阿久津は、「真実を明らかにすることに意義がある」と説得を試みるが、曽根は「面白おかしく記事にして、子どもの未来はどうなるんです!?」と喝破する。

 はたして被害者の心情や生活を乱してまで、事件の真相を報じる価値はあるのか。ここから阿久津は、新聞記者として、事件にどう向き合うべきかを考え始める。

小栗:改めて自分の仕事の意義や向き合い方を問われると、どう答えていいか難しいですよね。僕は小学生のときから俳優の仕事を始めましたけど、当時は本当にシンプルで、有名になりたいとか、内田有紀さんに会いたいなとか(笑)。

星野:めちゃくちゃいい理由(笑)。

小栗:ただ今思うのは、小さい頃からドラマや映画が好きで、ポジティブな影響を受けてきたので、やはり何らかの形で「お返し」はしたいんです。例えば、社会に対して何かのメッセージを伝えるときも、僕は小栗旬として発言するのではなく、役者として作品を通じて主張したいと思っています。「罪の声」のように、さまざまな問いを含んだ作品に一つのピースとして参加して、観た人の価値観や感情に前向きな変化を与えられたら、それは役者冥利に尽きますね。まあ、あくまで意義の一つですけど。一方で、単純にエンターテインメントとして楽しんでもらいたいという気持ちも、もちろんあります。

星野:俳優や音楽をやっていて思うのは、「自分をどんどん消していきたい」ということです。自分の個性を出すよりも、役になり切って自意識やエゴから解き放たれたい。

小栗:うんうん。わかる。

星野:「しっかりその役を生きられたな」と思うときほど、実は演じたときの記憶が残っていなかったりするんです。そういうときはとても気持ちがいいですね。改めてスクリーンで作品を観たとき、すごく新鮮に感じられて、逆に自分が生きた証しがつかめる気がします。音楽でも、ライブで盛り上がりが最高潮に達したときは、自分とお客さん、演奏しているミュージシャンたちの“自他”の境目がなくなる感覚があるんです。だから「自分なくし」が、僕の仕事への向き合い方ですね。

塩田武士(以下、塩田):私は新聞記者を10年やっていましたが、記者時代は書けないことだらけでした。「これを書いたほうが伝わるのに」と思っても、いろいろな制約があって書けない。ジャーナリズムは事実を伝えていますが、実際に世に出る情報は「編集」されたものなんです。多くの事実は、この編集作業によって8割方カットされてしまう。だから、その残りの8割の部分を書くのが、小説家の役割だと考えています。私は、良いフィクションというのは、過去、現在、未来の軸が通っているものだと思います。時代の価値観の変遷や構造の変化といったものを、どれだけ身近に感じられるように展開できるかという点に小説の意義がある。作家が、過去、現在、未来に一本の軸を通すことで、バラバラだった情報が「生きた資料」となって後世に残っていきます。

星野:めちゃめちゃ考えてる!

小栗:塩田さんの話はやっぱ面白いね!

塩田:いや、お二人に比べて圧倒的に暇なだけですよ(笑)。でも、現代の作家が何を背負っているか改めて考えたときに、私は「情報」だと思うんです。かつて、松本清張や山崎豊子は「戦争」を背負っていました。私は現代の作家として「ジャーナリズム」を背負いたいと考えています。

■「その後」を歩む人の声

 新聞記者としての使命を背負う阿久津と、事件の「加害者」としての運命を背負わされてしまった曽根。正反対の方向から事件に引き寄せられ、歩みを共にするようになった2人は、やがてテープに声を録音された残りの2人の子どもたちの、悲しく壮絶な生涯を知ることになる。

 実際の事件でも、テープに録音された子どもの声が使われたが、もしも今、当時の子どもたちに会えたとしたら、3人はどんな言葉を交わしたいのだろう。

塩田:時間が許されるのであれば1カ月くらい話をしたいですね。小説を執筆したときも、実際に事件現場の周辺で聞き込み調査をしたのですが、調べるほどわからないことだらけなんです。だから何か言葉をかけるというよりかは、事実を確かめたい。そしてどんな人生を歩んできたのか、じっくり聞いてみたいです。

小栗:僕は……会えたとしても、たぶん何も聞かないと思います。もしも僕が、自分の声が吹き込まれたテープを見つけたとしたら、正直「なかったことにしたい」と思う気がするんですよ。真相に踏み込むのが怖いというか。そう考えると、当時の子どもが今、自分の目の前に現れたとしても、ほかの友人と同じように当たり前の会話をして、「会えて楽しかった」と思ってもらえるのがいちばんいいかなって。

塩田:人間性が出ますね(笑)。私は土足で踏み込むから。小栗さんの話を聞いて、「自分、最低やな!」って思いました。

星野:いやいや、塩田さんは作家ですし。

小栗:それが仕事だから!

塩田:それはそうなんですが……。

星野:……僕も自分から進んでは聞かないかな。当事者が事件のことをどう思っているかは、その人にしかわからないことだから。ただ、相手が話したいと思うのなら聞きたいですね。

小栗:あくまで疑似体験ではあるんですけど、被害者を前に事件の核心に迫るシーンで、精神的に結構食らってしまったんですよね。被害者が味わってきた苦しみもわかるし、仕事とはいえ壮絶な過去に踏み込んで話を聞かなければならない阿久津のつらさもわかって、どっちもつらいよなあって……。だから僕はやっぱり、あの体験はリアルではしたくない。一度ふたを開けてしまったら、相手がすべてを語り尽くすまで聞き届ける覚悟がないとだめだと思うんです。

 小説のあとがきに、塩田は「『子どもを巻き込んだ事件なんだ』という強い想いから、本当にこのような人生があったかもしれない、と思える物語を書きたかった」と記している。

塩田:モチーフとなった事件は、劇場型犯罪として半ば神格化されたまま歴史が止まっています。でも、実際に何も知らない子どもが犯罪に加担させられている上に、犯人は青酸ソーダの入った菓子を実際にばらまいている。死者は出ていませんが、たくさんの子どもの命が奪われる可能性も十分にありましたし、愉快な犯罪でもなんでもない。私が小説を書いたのは、当時の報道では伝えられなかった、この事件の「罪の重さ」を改めて問い直すためでもあるんです。

 どんな事件にも、被害者の苦しみがあり、また加害者家族の苦しみがある。その罪の重さは、事件の報道が終わったあとも、ずっと心に残り続けるのだ。事件から35年の時を経て、「その後」の人生を歩む人々の声が、この映画からいま、聞こえてくる。(ライター・澤田憲)

塩田武士(しおた・たけし)/1979年、兵庫県生まれ。小説家。2010年に『盤上のアルファ』で第5回小説現代長編新人賞を受賞し作家デビュー。『罪の声』で第7回山田風太郎賞、『歪んだ波紋』で第40回吉川英治文学新人賞を受賞。21年には『騙し絵の牙』も映画化される

小栗旬(おぐり・しゅん)/1982年、東京都生まれ。俳優。10代から多くのドラマ・映画に出演しているほか、蜷川幸雄演出の舞台にも数多く主演。公開待機作に映画「新解釈・三國志」「Godzilla vs. Kong(原題)」。2022年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に主演することが決まっている

星野源(ほしの・げん)/1981年、埼玉県生まれ。音楽家・俳優・文筆家。ソロデビュー10周年を迎え、10月21日にシングル・ボックス「Gen Hoshino Singles Box “GRATITUDE”」を発売。2021年1月には新春スペシャルドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」が放送される

※AERA 2020年11月2日号より抜粋