朝日新聞の報道によって、日本国民は「朝日新聞の加害行為を現在進行形で受けている」と原告らが訴えた裁判。慰安婦問題の本質と何だったのか――。

 朝日新聞編集委員・北野隆一氏が6年間の取材記録をまとめた『朝日新聞の慰安婦報道と裁判』(朝日選書)。朝日新聞の慰安婦報道と、これに対して右派3グループが朝日新聞社を相手に起こした集団訴訟の経過が記されている。

 いまも取材を続ける北野氏が、近年の研究や論争をもとに読み解く。

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 戦時中に朝鮮の済州島で慰安婦を強制連行したとする吉田清治氏の証言(吉田証言)は虚偽だったとして、朝日新聞が検証記事を載せて吉田証言報道を取り消したのは2014年8月。強い批判が巻き起こり、朝日新聞の誤報で日本や日本人の名誉が傷つけられたなどとして2015年、朝日新聞社を相手取った集団訴訟が三つのグループから相次いで起こされた。

 私は検証記事取材班に参加したのをきっかけに、集団訴訟のほぼ一部始終を見届けた。2018年2月、いずれも原告敗訴で確定すると、一連の記録を本にまとめ、残すべきだと考え、今年8月、『朝日新聞の慰安婦報道と裁判』(朝日選書)として出版した。原告の主張と被告・朝日新聞社の反論、判決の結論を、裁判の流れに沿って詳しく紹介した。

 たとえば「朝日新聞を糺す国民会議」の呼びかけによる集団訴訟は訴状で、世界各地の慰安婦像建立などによって「旧軍将兵らはもとより、原告らを含む誇りある日本国民は、集団強姦犯人の子孫との濡れ衣を着せられ、筆舌に尽くし難い屈辱を受けている」と断言。さらに朝日の慰安婦報道をとりあげ、「原告らを含む日本国民は、本件一連の虚報以来、朝日新聞の加害行為を現在進行形で受けている」などと記した。

 訴えに対して東京高裁判決は、朝日の報道が原告らを「直接または間接に対象としたと認められる記事は一切ない」と認定。記載されたのは「旧日本軍の非人道的行為及び戦後の日本政府が真摯な対応をしていないと指摘する内容」であり、原告らについては「日本人だという以外に記事との間に何らの関係も認められない」との判断を示し、確定した。

 それではなぜ、原告たちは被害感情を抱いたのか。この問いへの答えを探して、今年8月に出版された『教養としての歴史問題』(東洋経済新報社)を読んだ。

 この本で社会学者の倉橋耕平氏は、慰安婦問題を「女性の人権問題であることは論を俟ちません」「加害者は日本であり被害者は植民地の女性であったことは明白です」と論じる。2019年の国際美術展「あいちトリエンナーレ」での慰安婦を象徴する少女像展示をめぐる事態に触れ「あたかも日本人が被害者であるかのように、議論がすり替えられています」「国際社会が人権問題と認識している『慰安婦』問題が、日本では歴史認識や表現の自由の問題にすり替えられようとしている」と指摘している。

 同書の編著者である前川一郎・立命館大学教授は「戦争や植民地主義が刻印した加害の史実を否認し、そうした歴史そのものを“なかった”fとうそぶく」点では「今日の歴史否認主義は世界史的にみな同一次元の現象であると言える」と解説。戦争や植民地支配の過去を問い直す近年の潮流に反発する動きは日本だけでなく、世界的な現象だと分析している。

 申惠ボン(※ボンは「三」の中央を縦棒「|」が貫く漢字)・青山学院大教授は今年4月に著した『友だちを助けるための国際人権法入門』(影書房)で、国連憲章や世界人権宣言を出発点とする国際人権法は、ナチスドイツによるユダヤ人大虐殺という経験をへてつくられたとして、こう説く。「国内法による人権保障は完全ではなく、機能不全に陥ることや人権を十分に守らないことも往々にしてあるからこそ、人権は国際法上の問題にもなったのです」

 慰安婦問題もまた、日本の国内法や訴訟で解決できなかった国際的な人権問題だといえる。

 9月出版の『性暴力被害を聴く――「慰安婦」から現代の性搾取へ』(岩波書店)も示唆に富んでいた。日本軍元慰安婦への支援活動を出発点に、敗戦直後に旧満州でソ連兵への「性接待」に差し出された女性や、在韓米軍向け「基地村」で米兵の相手をした女性、さらに現代のアダルトビデオ出演で性暴力被害を受けた女性ら、さまざまな性搾取や性暴力の被害者の声にいかに耳を傾けるかというテーマが全体を貫く本だ。

 とくに印象深かったのは、現代の日本社会で虐待や性搾取の被害に遭った少女の支援を続ける団体「Colabo」の仁藤夢乃代表の一文だ。韓国ソウルで元慰安婦のハルモニ(おばあさん)たちに会った経験をもとに記した。

「『慰安婦』問題でも、性暴力でも、性搾取でも、問題が明らかになった時の加害者たちの態度は共通するものがある。公的機関や権力者が、自分たちの責任逃れのために、被害者に落ち度があったかのようにして、問題をすり替えようとすることもよくある」

 そして以下のように論じる。

「『慰安婦』ではなく『日本軍』側、性暴力の被害者でなく加害者側、性搾取では『買う側』の責任が問われるべきだ。加害の事実を認めることは被害者の尊厳を取り戻すことにつながり、反省を示すためには、同じ過ちを繰り返さないための努力をし続けることが必要だ」

 この箇所を読んで、1993年に河野洋平官房長官が発表した「河野談話」の一節を思い出した。拙著『朝日新聞の慰安婦報道と裁判』の結びにも引用した箇所だ。

「われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する」