ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は、カラオケの練習について。

*  *  *
 土曜日、よめはんが仕事部屋に来た。なぜかしらん、にこやかな顔をしている。怪しい。
「はい、なんですか」「いいとこに連れてったげる」「映画ですか」「ちがいます」「お食事ですか」「それもあります」「いったい、どこに拉致されるんでしょう」「展覧会です」

 わるい予感があたった。大阪市内でよめはんの知り合いが洋画のグループ展をしているという。

「はいはい、支度して。展覧会を観(み)たらごちそうしたげるから」「おれ、××展とか知らんぞ」「前にわたしの個展を観にきてくれたひとが出品してます。そのお返しをせんとあかんのです」

 否も応もない。着替えをして、お化粧もして、よめはんのお供をした。

 グループ展は正直、退屈だった。どの作品もデッサン、構成、色感がいまひとつでオリジナリティーに乏しい。デッサンでいちばんむずかしいのは人物画だが、着衣の下でモデルの手足や骨格がどうなっているのか想像できないほどプロポーションの崩れている絵が多かった。風景画、静物画、抽象画にもアートを感じなかった。

 よめはんが日本画を描いているので、日本画の展覧会にときどき行く。日展、院展、創画会が公募する団体展には観るべきものがあるが、それも九〇年代あたりまでの作品群に比べると、全体に質が落ちているような気がする。三団体とも大型新人が出現せず、その団体の偉い先生に似た“偉い先生風”の作品が多く入選するという噂(うわさ)を耳にすることもある(この“家元制度”とでもいうべき某団体展の旧弊は『蒼煌』という自作に書いたし、入選の事前配分“上納金システム”を朝日新聞がスクープして騒動になった)。筆に絵具(えのぐ)をつけて布や紙に描く絵は、何百年とつづいてきた究極のアナログであり、そのアナログで画家が食っていくのはほんとうにむずかしいとわたしは思う。

 グループ展を観たあと、ミナミに出た。道頓堀界隈(かいわい)は今年のはじめまでの、インバウンドでごった返していたころが嘘のように閑散としていた。

「なに、食べよ。牛丼? まわる鮨?」「ちょっと待て。ごちそうしたるというたんはそれか」「だって、もったいないもん」「鰻(うなぎ)やな。鰻を食お」「鰻の場合はピヨコちゃんが奢(おご)ります」

 ──で、宗右衛門町の鰻屋に入った。わたしは鰻重、よめはんは鰻巻(うま)き御膳を注文する。いつもよめはんの料理のほうが高いのはなぜだろう。

 鰻のあと、近くのカラオケ店に行った。次の週末に東京から編集者が来て飲む約束があり、よめはんも参加するから、ふたりで二次会の歌のお稽古をしておかないといけない。

 わたしは前々から習得したいと思っていた宮本浩次の『冬の花』を歌った。めちゃくちゃキーが高い。つづけて二回も歌ったら酸欠で目眩(めまい)がし、聴くに堪えない、とよめはんにリモコンを取りあげられた。この齢(とし)で新しい歌を憶(おぼ)えるのはよほどの覚悟が要る。

 しかしながら、次の週末にそなえてなにか新曲を披露したいとよめはんにいい、吉幾三と川中美幸の『出張物語』を練習することにした。セリフの多いコミックソングだから巧(うま)いヘタは関係ない。よめはんもノリがいいから、デュエット曲をいっぱい歌い、家に帰って仕事部屋にあがると、オカメインコのマキが飛んできて、どこで遊んでたんや、と怒った。マキはお歌が好きで、お留守番が大嫌いだ。

黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する

※週刊朝日  2020年11月27日号