短歌を通じてホストや高校生といった若者世代とも交流のある歌人の俵万智さん。作家・林真理子さんとの対談では、若い人の表現方法の一つになった短歌の話で盛り上がりました。
【前編/俵万智、恋愛は「抜かりなく(笑)」? ”今は大恋愛が成立しづらい時代”と指摘」】より続く
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林:このあいだ出た『ホスト万葉集』という歌集、あれもおもしろかったです。新宿歌舞伎町のホストの皆さんと歌会を始めたのは、コロナの前からですか。
俵:2年以上前から、東京に来ると歌会に参加してました。
林:いい歌がありましたね。ナンバーワンって、一体何がナンバーワンなんだろうという歌とか……。
俵:「『ごめんね』と泣かせて俺は何様だ誰の一位に俺はなるんだ」ですね。恋愛だったらその人の一番になればいいんだけど、ホストはみんなの1位にならなきゃいけないというその葛藤が正直に出ていて、いい歌だなと思いますね。
林:でも、俵万智さんとホストクラブのホストって、ちょっと結びつかない。違和感がありますよ。
俵:短歌をつくりたいという人がいれば、どこにでも飛んでいきたい気持ちです。素の状態のホストの皆さんって、なかなかいいもんですよ。素でもイケメンなんだなあ。
林:そういうところがフレキシブルですよね。私も偏見は持ってないつもりだけど、ホストの人と楽しく歌会をやろうとはなかなか思わないですよ。
俵:そうおっしゃらずにゲストで来てください。大歓迎だと思いますよ。
林:焼き肉ぐらいならおごるけど、シャンパンなんか抜かないよ(笑)。俵さんって昔、新宿のゴールデン街でバイトしてたこともあるんですよね。
俵:はい、あります。私、お酒好きだし。
林:ふだんは宮崎だから、選考とか打ち合わせなんかはZoomでやってるんですか。
俵:そうですね。新聞の選(「読売歌壇」)もしてますけど、短歌にかかわる仕事はどこにいてもできるのが幸いですね。
林:今はスマホで投稿なんかするんでしょう?
俵:多いですよ。読売はネット投稿がずいぶん前からできるようになって、若い人はネットで投稿することが多いですね。
林:投稿するなら、私なんか「手で書いてなんぼ」と思いますけどね。キーを打つんじゃなくて。
俵:いや、そんなこともないですよ。ネットだったら10首20首送れるけれど、はがきは今63円でしょう。10首送ったら630円かかっちゃうし、若い人はSNSで短い言葉を発することに抵抗がないですからね。ネット投稿もとてもいいと思います。
林:そうですか。でも私はやっぱり色紙にさらさらさらと美しく書きたいな。亡くなったうちの母はずっと短歌をやってたんですが、「下手な字では出せない」と言って書道をやってたこともあるし、書と短歌って結びついてるような気がしてたんですよ。
俵:それは素晴らしいですね。いっぽう、「万葉集」は漢字を借りて万葉仮名で記されてるけど、その前は文字がなかったわけですよね。声に出してつくって、それが耳から入ってきたのがそもそもなので、私自身はそんなに文字にこだわりはなく、むしろ耳で聞いてどうかな、という意識でつくってますね。皇居での新年の歌会でも朗々と読み上げています。
林:美智子上皇后さまがおつくりになる歌って、素晴らしいと思いませんか。
俵:ものすごくうまいですね。お世辞抜きで。
林:皇室の方々が皆さまお詠みになりますけど、美智子さまだけ、ほかの方々と違いますよね。
俵:皆さまそれぞれきちんと学んでおられるので、レベルが高いものが並びますが、美智子さまは抜群にうまいです。
林:新聞のほかにも、いろいろ選者をなさってるんでしょう?
俵:そうですね。若い人たちにも短歌がすごく盛んになってきていて、宮崎で「牧水・短歌甲子園」という高校生の短歌の大会の審査を10年ぐらいやっています。盛岡には啄木の「全国高校生短歌大会」があって、大伴家持ゆかりの高岡(富山県)では「高校生万葉短歌バトル」というのがあります。今月この三つの大会の優勝校が宮崎の音頭で交流戦をするんです。学生短歌会という大学生の短歌会もどんどんできていて、若い人にここまで広がっている要因の一つは、SNSの影響かなと思います。
林:俳句は夏井いつき先生という方が出てきて、けっこう皆さんに浸透した感じですけど、短歌はちょっとハードルが高いというか、おハイソな方がやるものだという感じがあるじゃないですか。俳句はまだ庶民的な感じがしますけど。
俵:ハードル高いですか? 私、角川短歌賞の選考委員もしてるんですが、そこも若い人たちが多いですよ。俳句ほどではないかもしれないけど、短歌も表現方法として若い人のチョイスの一つになってるのかなという手ごたえを感じます。
林:短歌は枕詞(まくらことば)がありますよね。あれを使えるといいんですけど、難しいですよね。
俵:枕詞とか序詞(じょことば)とか、古い技法はいろいろありますが、短歌は俳句の季語のような決まりはなくて、五・七・五・七・七の型だけが決まりなので、そんなに難しく考えなくても大丈夫です。
林:若い人は、悪ふざけした狂歌みたいなのもつくりますけど、あれもありなんですか。
俵:ありですね。若い人のリズム感ってすばらしくて、「句またがり」とか「句割れ」というんですけど、五・七・五・七・七で意味が切れずに、またがるのがすごくうまいんですよ。私もわりと好きな手法でよく使うんですが、たとえば下の句で「何か違っている水曜日」みたいに「何か違って」で切れないで、「違っている」ってまたぐんですね。強調にもなるし、この感覚がちょっと気持ちいいんですけど、これのもっとアクロバティックなことを高校生でもやってくるので、やるなあと思って見てるんです。
(構成/本誌・松岡かすみ 編集協力/一木俊雄)
俵万智(たわら・まち)/1962年、大阪府生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、国語教師に。86年、「八月の朝」で角川短歌賞を受賞。87年、第1歌集『サラダ記念日』を出版、翌年、現代歌人協会賞を受賞。同作は280万部を超えるベストセラーに。2004年『愛する源氏物語』で紫式部文学賞、06年『プーさんの鼻』で若山牧水賞。『オレがマリオ』『チョコレート革命』など著書多数。最新刊は、『未来のサイズ』(KADOKAWA)。現在、宮崎県在住。1児の母。
※週刊朝日 2020年11月27日号より抜粋