写真家・時津剛さんの作品展「東京自粛 SELF−RESTRAINT,TOKYO」が11月30日から東京・新宿のPlace Mで開催される。時津さんに聞いた。



 今年4月、東京・新宿三丁目交差点で撮影した作品を目にすると、信じ難い思いがした。たった半年少し前の出来事なのに、こんなことがあったのか、と。

「なんか、映画のセットみたいな感じでしたよ。ほんとに、あの当時は」

 時津さんは撮影したときの様子をこう振り返る。

 横断歩道で信号待ちをするカップル。背景には有名ブランドショップが写っている。うららかな春の光が差し込むビルの谷間――新宿通りと明治通りが交わるこの場所は、ふだんなら大勢の人が行きかう場所なのだが、ほかには誰もいない。車の姿もない。建築写真のように水平垂直をきちんととった画面が街の静寂さを際立たせている。これまでもそんな街の様子をテレビや新聞で見てきたのだが、改めて緻密に写された写真を目にすると、異様な空気が伝わってくる。

「わざわざ、なるべく人がいないときを待ってシャッターを切ったのでは?」と、意地悪な質問をぶつけてみたものの、むしろ逆で、今回の作品は人を入れて撮ったほうが自然と思い、こんなふうに写したという(理由については後で書く)。

「いま写真を見ると、本当に人がいなかったんだな、と思いますね」。そう、私が言うと、時津さんは「うーん」とうなり、こう言った。

「でも、感染者数って、いまのほうがはるかに多いんですよ。人間って、何を基準に行動しているんだろうって、不思議な感じがしますね。慣れって怖いな、と」
感染への危険性と、人々の姿を記録したいという欲望

 時系列で並べられた作品は、緊急事態宣言が発令された4月7日から始まる。

「3月下旬からちらほら撮り始めてはいたんですけれど、『これはきちんと撮って残しておかなければ』と思ったのは4月7日。ぼくは新宿に住んでいるので歌舞伎町の『夜の街』とか近いし、やはり外を記録しないといかんな、という気持ちがありました」

 しかし、次の作品は4月26日と、かなり間が空いている。理由を聞くと、その間、かなり逡巡したという。

「最初のころは相当迷いながら撮っていましたね。もう、二度と撮れないので、撮っておかなければいけない、記録しておきたい、という気持ちはあったんですけれど、自分や家族が感染するかもしれない。『あいつ、あんなカッコいいこと言って撮ってたけど、コロナに感染したらしいぜ』と、なったら嫌だし」

 さらに、外出自粛を求める「空気」もあった。

「後ろめたさ、とまではいかないですけれど、そんな空気の中で外に出て撮ることへの意味づけ、バランスを考えた」

 当時、未知だったウイルスに感染する危険性と、人々の姿を写して記録したいという欲望とのバランス。

「でも、逡巡はしながらも最後は、これを撮らないと、という気持ちが勝ったわけです」

 こうして「吹っ切れた」4月下旬以降は、どんどん外へ撮影に出かけていった。行動半径も広げていった。
あぶり出された「ステイホーム」できない人々

 そのころの作品に、青空に小さく飛行機が写ったものがある。街を歩いていると、飛行機の音が気になり、それがとても印象に残ったという。

「ちょうど、羽田空港に着陸する飛行機の新ルートができて、都心を低く飛び始めたときだったんです。街の静けさと、飛行機の轟音とのコントラスト。たぶん、人がふつうに歩いていたら、それほど気にならなかったと思うんですけれど、あの音が異様な空気を際立たせていました。いまはもう慣れちゃいましたけれど」

 一方、あのころからずっと、そしていまも気になっていることがある。それは、日本的なあいまいさ、作品のタイトルにもなっている「自粛」だ。

「自粛って、自ら制限する、ということじゃないですか。海外のロックダウンと違って、外出が禁止されているわけではない。そうすると当然、ちらほらと人が街に出るわけですけど、そのあいまいさって、日本的だな、と感じたんです。その、あいまいなところがすごく風景に出ていましたね。だから、画面にちょっと人が入っているほうが正確というか、自然だと思うんです。だから『ほぼ』誰も写っていない写真」

 写真があぶり出したのは、「ステイホーム」と言われても、そうできない人々の存在だ。時津さんは人影の消えた街にぽつんといる若者の姿をあちこちで目にしたという。

「本当に何するでもなく座っていた若い子が多かった。たぶん、行くところがどこにもないから」

 テレワーク化が進んだ丸の内のオフィス街からスーツ姿のサラリーマンが消えた一方、Uber Eatsのようなフードデリバリーの人が写っているのも印象的だ。
新宿は「差別」されているのか、「区別」されているのか?

「夜の街」と呼ばれ続けた新宿のバーやホストクラブも取材した。

「ゴールデン街の店はほとんどやっていなかったですね。ただ、開けていた店も営業したくてやっているわけじゃなくて、続けないと潰れちゃうから。そこで、営業する店と、しない店との軋轢みたいなものが生じていた。自粛というあいまいさが生んだ同調圧力みたいなもの。『みんなが自粛していのに、なんでお前は店を開けているんだ』、と」

 一方、新宿・歌舞伎町のカフェ&バー「デカメロン」は、「筆談でお客さんとお店の人がコミュニケーションする、新しいコロナ時代の店」だ。客同士も筆談だ。

 飲みにやってきた人が綴ったノートを写した作品が面白い。そこには「新宿は『差別』されているのか、『区別』されているのか?」「ほんと職場の人と飲みに行くの減った気がする。つまり、不要不急の関係だったということ?」などと、書かれている。

「確かに、コロナはいろいろなことを考えるきっかけになりました。人間関係の濃淡、友だち関係とか。モノではない、時間の価値。消費社会からのシフトとか」

 そんなことを感じさせる作品もある。大井ふ頭中央海浜公園で撮影した写真で、おだやかな西日が差す芝生の上に折り畳み式ベッドを広げ、日光浴をしている人がいる。かたわらにはツツジが咲き、その奥には運河の水面が広がっている。

「うまく言えないんですけど、なんか、まったりしたムードがありましたね。それは公園だけじゃなくて、街中でも人が歩いていないと、時間の流れが違う感じがした。時間軸が違うというか。でも、それを映像化するのはすごく難しかった。感じたことはいろいろあったんですけど」
初めてつくった写真集。「数年後、数十年後に見てほしい」

 4月から始まる作品は「だんだん街に人が出てきた」、8月で終わる。

「そのころになると、人がだいぶ増えて、風景がふだんとあまり変わらなくなってきたんですよ」

 これまで時津さんはさまざまな作品を写真展で発表してきたが、今回初めて写真集もつくった。

「自分で言うのも変ですけど、もうちょっと時間がたった後で、またこの作品を見てほしい。だから、写真集にまとめたんです。まだオンゴーイングなテーマなので、それほどの感慨はないと思うんですけれど、たぶん数年後、数十年後に意味を持つ。いまとは違う風景に見えるんじゃないかな、と思っているんです」

                  (文・アサヒカメラ 米倉昭仁)
【MEMO】時津剛写真展「東京自粛 SELF−RESTRAINT,TOKYO」
東京・新宿のPlace Mで11月30日〜12月6日開催。
同名の写真集も発売。11月28日に出版記念として北原徹さん(編集者&アートディレクター)と対談する。場所は東京都台東区の書店「Readin’ Writin’ BOOKSTORE」。オンライン配信もある。詳しくは下記で。
https://readinwritin201128.peatix.com/?fbclid=IwAR3kQj8gM7izT3IR4MaBxQXpdKkQCOuU0fho3-XPFYtbGsJPf5gLqDiBDHM