週刊少年ジャンプに連載された『鬼滅の刃』は、さまざまな世代に愛される大ヒット作品となった。この『鬼滅の刃』には、さまざまな「家族のかたち」が描かれており、主人公の炭治郎・禰豆子の「兄・妹」の関係が物語の主軸になっている。この「きょうだい」のかたちをひも解くと、『鬼滅の刃』が単なる“感動ストーリー”では終わらないこともわかる。炭治郎は、なぜ禰豆子を危険な旅に同行させたのか? この「兄妹」を救済したものは何だったのだろうか?(以下の内容には、既刊のコミックス、結末に関するネタバレが含まれます。)



*  *  *
■鬼になった「妹」を救う「兄」の物語

『鬼滅の刃』は、主人公である竈門炭治郎(かまど・たんじろう)が、鬼に変身させられてしまった、妹の禰豆子(ねずこ)を「人間に戻す」ために、戦う物語である。

 とある静かな山村で、炭焼きをしながら、穏やかに暮らしていた竈門家に、ある日、鬼の総領・鬼舞辻無惨(きぶつじ・むざん)がやってくる。すでに病死していた父と、炭売りに出かけていた長男・炭治郎以外の家族は、みな、鬼舞辻に襲われた。妹の禰豆子は、なんとか一命は取りとめたものの、鬼にされてしまっていた。

 鬼は人間を喰う。そのため、禰豆子は本来であれば、「鬼狩り」に首を斬られ、成敗されなければならない。しかし、追っ手としてやってきた、「鬼狩り」である鬼殺隊の剣士・冨岡義勇(とみおか・ぎゆう)の機転と、冨岡の師・鱗滝左近次(うろこだき・さこんじ)の保護によって救われ、炭治郎は禰豆子を人間に戻すために、鬼狩りの剣士になる修行に出ることを決意し、鬼殺の旅に出かける。

■「兄と妹」、2人一緒の旅

 主人公の炭治郎が、入隊試験を受け、鬼殺隊の隊士を目指したのは、ひとえに、たったひとり生き残った妹の、「人間としての幸せな生」を取り戻してやるためだった。鬼との戦いは過酷を極め、生身の人間は、戦闘の中で手足を失い、命を落とす者も多い。

 しかし、永遠の命を得た「鬼の妹」と、「人間」である炭治郎の寿命には隔たりがあり、禰豆子をひとりぼっちにしないためには、なんとしても、禰豆子にかけられた「鬼」の呪いを解いてやる必要があった。

 禰豆子は鬼化によって、兄・炭治郎を超える身体的強さと特殊能力を得たが、太陽の光に弱く、兄と鬼殺の旅に出かけるには、危険が多かった。また、禰豆子には「人間を喰わない」という制約があるため、「長時間眠る」ことでしか、体力を回復する方法がない。睡眠時の無防備な状態を考えると、禰豆子を連れて旅を続けることは得策ではない。

 実際に、炭治郎には、妹を鱗滝や珠世(たまよ=鬼でありながら炭治郎の味方)など信頼できる人物にあずける、という選択肢もあった。しかし、兄は妹と離れ離れになることを拒み、妹も兄とともにいることを願う。

<俺たちは一緒に行きます 離れ離れにはなりません もう二度と>(竈門炭治郎/3巻・第19話「ずっと一緒にいる」)

 兄・炭治郎は妹・禰豆子のために、禰豆子は炭治郎のために、力を合わせながら「呪いを解いて、自分たちの家に帰る」ことを目標として戦う。

 この兄妹の話において、特徴的なのは、「人ではなくなってしまった」兄妹の片方を、見捨てたり、置いていくことなく、旅に一緒に連れていくことであろう。これは自分の残りの人生のすべてを、血を分けた兄妹のためにささげる物語であると解釈できる。

■「長女」から「末っ子」になってしまった禰豆子

 ところで、竈門家の兄弟は、上から、炭治郎、禰豆子、竹雄、花子、茂、六太の6人兄弟である。「長男」である炭治郎は、父親がいない家計を支え、禰豆子は母と兄を支える、しっかり者の「長女」であった。

<ああ辛抱ばっかりだったな 禰豆子お前は><きっと人間に戻してやるから きっといつか綺麗な着物を買ってやる>(竈門炭治郎/1巻・第3話「かならず戻る夜明けまでには」)

 炭治郎が鬼になる前の禰豆子を思い出すシーンで、禰豆子は自分の着物のほつれを直している。炭治郎が「新しい着物を買わないと」と言うと、禰豆子は笑顔で「それよりも下の子たちにもっとたくさん食べさせてあげてよ」と断る。

 しかし、禰豆子より下の兄弟はすべて殺害され、結果的に禰豆子は、「長女」という立場から、「末っ子」になった。鬼化によって禰豆子は「赤ちゃんのように無垢な性格」になったこともあり、幼い女の子のように、炭治郎に甘えるようになった。

 以前は、家族のために尽くしてばかりの、我慢強い禰豆子を見て、炭治郎はいつも禰豆子に謝っていた。禰豆子は炭治郎に「謝ったりしないで お兄ちゃんならわかってよ 私の気持ちをわかってよ」と怒っていたが、それでもやはり炭治郎は禰豆子を「妹らしく」甘やかしてやりたかった。皮肉なことに、鬼化によって禰豆子が幼くなってはじめて、兄は、この年齢の近いしっかり者の妹を「甘やかし、守れる」ようになったのだった。

『鬼滅の刃』において、鬼舞辻による竈門家の襲撃は、「長男・長女」という炭治郎と禰豆子の関係性を、「長子と末っ子」というかたちに変えた。

■眠りつづけた「妹」の「目覚め」

 本来は「人喰い」によって補給しないといけない「鬼化」のパワーを、禰豆子は「長い眠り」で回復させようとする。そして、兄たち鬼殺隊と、鬼舞辻無惨との最終決戦がはじまるころ、禰豆子は人間に戻るための「肉体的試練」を受けることになる。竈門兄妹を保護してくれた、鱗滝左近次の看病のもと、苦しみながら鬼としての最後の眠りにつく禰豆子。しかし、兄の最大の危機に際して、禰豆子はその寝床を飛び出すのだった。

 亡き父の導きで、兄のもとに駆けつけようとする禰豆子。しかし、起き上がったばかりの禰豆子は、まだ鬼のままだ。その後、禰豆子には、人間の時の記憶を取り戻す、「目覚め」がおとずれる。鬼となって眠り続けていた禰豆子を、「真に目覚めさせた」ものはなんだったのか? 

 禰豆子は人間の時の記憶をひとつひとつ取り戻していく中、鬼舞辻との遭遇時を思い出し、怒りで我を忘れかける。しかし、自分を思う兄の涙によって、記憶の封印がひも解かれ、鬼殺隊とそれに関わるたくさんの人々との優しい思い出が、禰豆子の中で、走馬灯のように広がった。

 通常、走馬灯は、人が死を目前にした瞬間に見るものだ。この禰豆子の「失われていた記憶」の邂逅は、「鬼としての禰豆子の死」をあらわしていると考えられる。つまり、「鬼としての禰豆子」はここで終わり、人間としての新しい生を獲得した瞬間をあらわしている。

 物語の世界では、長い長い眠りは、「死」の隠喩として使われる。女性を長い眠りから目覚めさせるのは、たいていの場合、「王子さま」や「恋人」がその役割を果たす。しかし、『鬼滅の刃』では、妹を「死の眠り」から、最後に呼び起こしたのは、兄が呼ぶ「禰豆子」という声と、優しい笑顔だった。

 しかし、竈門兄妹の試練は、まだ終わらなかった。鬼でなくなった禰豆子は、不死身の体を捨て、「か弱い人間の姿」になって、兄を救うために最終決戦の場に向かう。ラストシーンで、竈門兄弟はそれぞれの“立場”が入れ替わっても、互いのために自分の身をささげる。

 絶望のふちにあっても、決して相手を見捨てない竈門兄妹のつむいだ「きょうだい」の力は、実現不可能と思える難題と、耐えがたい不幸を乗り越えるための原動力となった。

◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。