新型コロナウイルスが世界で猛威を振るい始めてから1年が経った。人々の生活環境は一変し、人生設計に狂いが生じた人も多いはずだ。そのなかで、人知れず「孤独の闇」に入り込んでしまった人への対策が急務になっている。政府は孤独・孤立対策を宣言したが、はたして処方箋はあるのか。



*  *  *
 昨年末、自殺対策に取り組むNPO法人東京メンタルヘルス・スクエアに、無料通信アプリ「LINE(ライン)」を通じてメッセージが届いた。そこには、こう書かれていた。

「死にます」

 自殺対策の現場では、自殺をほのめかす言葉は珍しいわけではない。しかし、「死にたい」と「死にます」では意味が異なる。「今から死ぬ」と言う人には、緊急対応が必要になるからだ。

 このときも、相談員は即座にカウンセリングセンター長の新行内勝善さんに連絡し、詳細を報告。新行内さんは緊急対応が必要な案件と判断し、警察に通報、自殺を止めるための協力を要請した。

 新行内さんは言う。

「『死にます』というはっきりとした言葉が出て状況が差し迫ると、通報する必要があります。そうしたケースは月に1件あるかないかですが、昨年は年末だけで何件も警察への通報を検討しなければならない状況がありました」

 同センターでは、対面や電話のほかに、LINEを使った相談にも力を入れている。昨年末からは、相談員の数を2倍以上に増やし、毎日20〜25人の態勢で応じている。

「コロナの感染が広がる前は、1日の相談申し込み件数は100件程度でした。それが、今は1日200〜250件ぐらいにまで増えています」(新行内さん)

 内容はさまざまだが、年末から孤立・孤独を訴える人が増えたという。

 離婚して子供にも会えず一人になり、仕事でも大きなトラブルをかかえた男性、コロナ禍で人と会えず、悩みを友人にも相談できない女性、親がコロナ禍で経済的に苦しくなり、さらにずっと家にいたことで精神に不調をきたした高校生が、自傷行為をしたという相談もあったという。

 警察庁のまとめによると、2020年に自ら命を絶った小中高生は499人。前年比で100人増え、統計が確認できる1980年以降で最多となった。

 全体の自殺者も2万1081人で前年比912人増。前年を上回るのは09年以来で、女性の自殺者は7026人(前年比935人増)にのぼった。

 同センターに寄せられる相談は、LINEを通じてのものが約8割を占める。ところが、LINEが保有する個人情報が、中国の関連企業からアクセスできる状態にあったことが発覚。それを受けて同センターは、3月20日からLINEによる相談を一時中止せざるをえなくなった。

「若い世代は特にLINEを通じての相談が多い。1日200〜250件あった相談申し込み件数は、LINE相談を一時中止して150件程度まで減りました。ホームページ上のチャット機能やツイッターなどを通じた相談も受けていますが、気軽に連絡を取りやすいLINEが使えなくなったことの影響は大きいです」(新行内さん)

 コロナの感染拡大が始まる前から、日本の15〜34歳の死因は自殺がトップだった。主要先進国で自殺が若者の死因の1位なのは日本だけだ。

 日本の若者は孤独を感じやすいことも指摘されている。OECD(経済協力開発機構)加盟25カ国を対象に、03年に実施された15歳の意識調査では、「孤独を感じている」と回答した比率は、日本が29.8%でトップ。2位のアイスランド(10.3%)の約3倍の差があった。

 孤独・孤立問題を研究する早稲田大学の石田光規教授(社会学)は言う。

「もともと日本は孤独に陥りやすい環境があったにもかかわらず、コロナの影響で友人と会うにも理由が必要になってしまった。新しい友人もできない。そのため、もともと他人とのつながりが薄い人は、ますます社会から孤立しています」

 誰にもみとられることなく亡くなる「孤独死」も、高齢者だけの問題ではなくなっている。

 大阪府警が初めて実施した調査によると、19年に府内で、遺体発見まで2日以上かかった事案は2996人。そのうち働き盛りの40〜50代が18.4%を占めた。

 単身世帯の増加に伴い、孤独死は今後もさらに増えると予想されている。国立社会保障・人口問題研究所によると、1985年に50歳時に結婚をしたことのない人の割合は男性3.9%、女性4.3%だったが、2015年にはそれぞれ23.4%、14.1%に増えた。40年には、29.5%、18.7%まで上昇すると推計されている。

 日本では、家族以外に頼れる人が少ないのも特徴だ。60歳以上を対象にした国際比較調査によると、病気になったときなどに同居の家族以外に頼れる人がいるかをたずねると、「頼れる人はいない」と回答した人は日本が最も多かった。

「友人」や「近所の人」と回答した人も、他国に比べて最も少ない。日本は、世界でも有数の「孤独に陥りやすい国」なのである。

「1990年代から非正規雇用で収入が不安定な若者が増え、日本は結婚が難しい社会になりました。一方で日本の社会保障制度は、欧州のように『社会保障は政府が担うもの』という設計にはなっていません。その結果、家族からの扶助や終身雇用を前提とした企業の福利厚生を受けられない人は、社会から排除されています」(石田教授)

 孤独によって心配されるのは、身体的な側面だけではない。

 東京都内に住む70代の元公務員の男性は、妻に先立たれた後、一人で暮らしていた。子供はいないが、毎月20万円程度の年金や都内の一等地に所有するマンションがあり、生活に困ることはなかった。しかし、退職してからは職場の仲間と会う機会もなく、孤独を感じていた。そんなときに、同年代の女性が近づいてきた。

 この男性の生活支援をしていたNPOスタッフが話す。

「女性は、男性と親しくなった後、資産を管理する権利を求めました。さらに、男性の死後は財産のすべてを自分に相続することを条件に、結婚することを提案しました」

 しかも、別の条件には、女性に指一本触れてはいけないというものもあった。それでも男性は、こう話す。

「財産のことなんてどうでもいいんです。一緒に話をして、出かけてくれる人がいればいい」

 前出のNPOスタッフは言う。

「孤独な老人を狙って資産を奪おうとするケースはほかにもあります。信頼できる友人とか、つながりのある人がいれば違ったと思うのですが……」

 若者から高齢者まで、孤独対策はすでに待ったなしの状態だ。

 世界を見渡せば、英国が18年に世界初の孤独担当大臣を任命した。日本でも、今年2月12日に坂本哲志地方創生相が孤独・孤立問題の担当になった。実は、この孤独・孤立相は計画されていたわけではなく、ちょっとした「ハプニング」から生まれたといっていい。

 1月28日、参院予算委員会で国民民主党の伊藤孝恵氏が、菅義偉首相に孤独問題について「今はどの大臣が担当になるんでしょう」とただした。すると、菅首相は「厚労大臣です」と答弁。

 しかし、厚生労働省には、自殺対策推進室はあっても孤独や孤立問題を担当する部署はない。周囲からは「えっ!」という声が上がり、突然指名された田村憲久厚労相は「任命いただいたのか、ちょっとわからないんですが……」と困惑した様子だった。

 伊藤議員は、「そういったこともあって、質疑が終わると『孤独担当大臣』がツイッターで大きな話題になっていたんです」と話す。

 その後の調整で、省庁を横断的にカバーすることができる内閣府が担当することになり、坂本氏が担当大臣に。2月19日には内閣官房に孤独・孤立対策担当室が新設された。

 菅政権が国民民主党の政策を丸のみしたことに、「野党への分断工作」と見る人もいる。それには、国民民主党の玉木雄一郎代表はこう反論する。

「孤独を抱える人が追い込まれて自殺してしまっている現状を考えると、対策は急がなければなりません。そこに与党も野党も関係ありません。孤独問題を社会全体で考える契機にして、国会でも超党派での議論を呼びかけたい」

 坂本担当相は、まずは緊急対策として食事を提供するフードバンクへの財政支援や孤独・孤立問題を扱うNPO団体への支援強化を掲げる。これらは野党の提案を採り入れたものだ。その上で、政府の経済財政運営の指針となる「骨太の方針」に孤独・孤立対策を盛り込むという。

 政府による孤独対策はまだ始まったばかりで、課題も山積している。石田教授は言う。

「孤独は個人の主観的な問題で、行政が関与するのが難しい領域です。一方で、今の日本は個人がバラバラで頼れる人が少ないにもかかわらず、『他人に迷惑をかけてはいけない』という考え方が根強い。そのため、本当に支援が必要な人に届きにくい社会になっている」

 人と人がつながる仕組みをどう作るか。それが問われている。(本誌・西岡千史)

※週刊朝日  2021年4月9日号