ワクチンは殺人兵器。米大統領選は不正。有名若手俳優は自死ではなく他殺──。物事の背景に「闇の組織」がいるという陰謀論。なぜ信じる人がいるのか。 AERA 2021年4月5日号で取り上げた。



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「新型コロナ騒動は、『闇の勢力』が随分前から計画してきたものです」

 この荒唐無稽なトンデモ話をまき散らしているのは、福井県議会の最大会派・県会自民党に所属する斉藤新緑(しんりょく)県議(64)。現在6期目で、自民党福井県連では会長代行を務め、県議会議長も経験した重鎮だ。その議員が、2月22日付発行の自身の活動報告書にこのように書き、新型コロナウイルスワクチンは接種しないよう呼びかけた。

 他にも斉藤氏は、「今回のワクチンは人類初の遺伝子組み換えワクチンで、『殺人兵器』ともいわれています」「ワクチンを打てば、5年以内に死ぬ」などと持論を展開。報告書は約1万5千部発行され、斉藤氏のホームページでも公開されている。県会自民党は「党の方針と異なる」として斉藤氏に厳重注意したというが、本人は「信念に基づいており、撤回するつもりはない」などと話しているという。

■嘘が含むわずかな真実

 秘密結社のような黒幕が世界征服を目論んでいる──。そんな陰謀論が、いま社会に跋扈している。中でも注目を集めたのが、米国の陰謀論集団「Qアノン」だ。2017年、ネットの匿名掲示板に「Q」を名乗る人物が書き込みをしたのが始まりとされる。アノンは、匿名を意味する「anonymous(アノニマス)」に由来する。

 Qアノンはトランプ前大統領が「ディープステート(影の政府)」から世界を守るために闘っていると信じ、米大統領選の投票不正を訴え、信奉者の一部が連邦議会を襲撃した。Qアノンとは何なのか。

 陰謀論と言えば、40年以上にわたり「世界の謎と不思議」に挑み続ける月刊誌「ムー」だ。5代目編集長、三上丈晴氏(52)はQアノンについてこう語る。

「スケールが矮小で、歴史的背景が希薄。Qアノンには陰謀史観に必ず出てくる秘密結社のフリーメーソンやイルミナティという言葉が出てきていない。つまり、Qアノンは陰謀史観にまで昇華されていない」

 三上氏によれば、陰謀史観には歴史的および宗教的な背景があるという。フリーメーソンを「悪の組織」と呼んでいるのはカトリック。聖書には終末論があり、やがて世界を支配する独裁者が現れ人類を滅亡の淵に追いやると預言されているが、そのバックにいるのがフリーメーソンだといわれている。

「陰謀論には、全てが嘘ではなくケシ粒のような事実も含まれている。Qアノンの主張の中には、アメリカで多くの子どもが行方不明になっていたりする事実などがちりばめられている。陰謀論的なものを広めようという意図は、確実にあると感じる」(三上氏)

■動画サイト信じる母親

 古今東西、陰謀論は情報の流通につきものだ。それがインターネットの時代になり、真実性が担保されないまま無制限に広がるようになった。しかも、ネットでの情報収集は、自分の価値観に都合のいい情報だけをえり好みしがち。こうして日本でも、冒頭の「ワクチンは殺人兵器」や、「三浦半島や横浜市内で相次ぐ原因不明の異臭は滅亡の前兆」という陰謀論がネット上に登場した。こうした突拍子もない話を信じる人は多くはないが、たやすく陰謀論にハマる人が、実際にいる。

 東日本に住む男性(20代)の母親(50代)もそんな一人だ。昨年7月に自死した人気若手俳優の「他殺説」を信じているという。

「彼は自死じゃない!」

 俳優の死から1、2カ月経ったころから、母親はこう言うようになった。

 男性によれば、母親がよく見る動画投稿サイト「ユーチューブ」の影響ではないかという。ユーチューブでは、彼の死について「死の真相は隠されている」「実は生存しており殺されたのは影武者である」等々、他殺説や生存説がさも本当のように発信され、「世界の闇に気づいてない」などそれっぽい言葉を用いて流されている。そうしたことが影響しているのではないかという。男性が母親に、「他殺説」はバイアスがかかっており正しい情報とは限らないと指摘しても、

「死の時系列がおかしいのは間違いない!」

 と聞く耳を持たない。それどころか母親は、今度は先の米大統領選で票が操作された説、中国が水面下で日本を侵略している説、コロナワクチン兵器説などを気にするようになった。今では「ワクチンは絶対打たない」と言うまでに。男性は言う。

「僕にワクチンを打つなと強要してくることはありませんが、今後どうなるかは分かりません」

(編集部・野村昌二)

※AERA 2021年4月5日号より抜粋