『鬼滅の刃』には、「親を失った子ども」が数多く登場する。生まれてすぐに親に捨てられた子、親から十分に愛情を与えられなかった子、親を殺された子……。親がいない彼らは、「鬼殺隊」に入隊し、かたき討ちをこころざす場合もあれば、生き抜くために「鬼」になるケースもあり、それぞれが苦難の道を歩んでいる。そんな中「親はいない」と断言していた嘴平伊之助は、鬼との戦闘の中で、幼かった頃の母との記憶を取り戻していく。その手がかりとなったのは、猪のお面の下に隠された伊之助の美しすぎる「顔」だった。【※ネタバレ注意】以下の内容には、既刊のコミックスのネタバレが含まれます。



*  *  *
■「異能者」ぞろいの炭治郎の同期たち

『鬼滅の刃』の主人公・竈門炭治郎(かまど・たんじろう)には、戦闘力と特殊能力に優れた4人の同期がいる。「雷の呼吸」の使い手・我妻善逸(あがつま・ぜんいつ)。「花の呼吸」をあやつる栗花落カナヲ(つゆり・かなを)。風柱・不死川実弥(しなずがわ・さねみ)の実弟・玄弥(げんや)。そして、我流で「獣(けだもの)の呼吸」を作り上げた、嘴平伊之助(はしびら・いのすけ)だ。彼らには全員親がいない。炭治郎は親を鬼に殺され、カナヲは親に売られている。玄弥は父が刺殺され、母は鬼になった後に死亡。善逸と伊之助は親に捨てられた孤児だ。

 そして、彼らはいずれも「異能」の持ち主だった。炭治郎は異常な「嗅覚=鼻」を、善逸は「聴覚=耳」、カナヲは「視覚=目」。玄弥は咬合力と消化力(=口)に優れており「鬼喰い」によって鬼の能力を吸収することができる。伊之助は「皮膚の感覚」で状況を判断できるなど「触覚」が突出している。

■野生児・伊之助の意外な特徴

 その他、伊之助が他の隊士と違う点に、まず外見的特徴があげられる。顔には猪の皮で作った面をかぶり、上半身は裸、腰にも獣皮を巻き付けている。しかし、これらの風貌からは想像がつかないほどに、素顔は整った愛らしい顔立ちをしている。

 これは単に、顔と、声・体つき・内面のギャップを示しているのではない。その顔立ちは異常なほどかわいらしく、美形ぞろいの『鬼滅の刃』の登場人物の中でも、突出している。この特徴ある、伊之助の「顔」は、彼の過去をひもとくための「鍵」になっていく。

■「猪」に育てられた少年

 伊之助の出生には謎があり、赤ん坊だった伊之助を猪が育てた。そのため、伊之助は限られた人間としか接触してこなかった。伊之助が育った山近くに住む「たかはる」という青年とその祖父が、伊之助に言葉を教えたという経緯だけが語られている。

 その時点で、伊之助はすでに猪面をつけている。このお面は、「母がわり」だった猪の皮でできていることから、物心ついてすぐに、母がわりの猪を亡くしていることがわかる。「形見の品」は、その猪の亡きがらからできたもの。伊之助がこの母がわりの猪にどれくらいの執着と愛情があったのかは想像に難くない。

 その後、伊之助は鬼殺隊に入隊する。戦闘の合間、鬼殺隊を支える「藤の花の家紋」の家で、とある年配の女性に、身の回りの世話をしてもらう。清潔な衣服と寝床、おいしい食事も初めての経験だったが、優しく話しかけられながら世話をされることは、伊之助にとって、心が「ほわほわ」する出来事だった。他人の優しさを知ることで、伊之助はこれまでの自分の孤独を、あらためて知ることになる。これ以降、伊之助は「家族」の存在、母性的な存在を無意識のうちに追い求めるようになる。

■胡蝶しのぶの「優しさ」

<俺には母親の記憶なんてねぇ 記憶がねぇなら いないのと一緒だ>(嘴平伊之助/19巻・第163話「心あふれる」)

 こんなふうに強がっていた伊之助だが、「蟲柱」の胡蝶しのぶにだけは特別な感情を抱く。2人のはじめての出会いは、伊之助が「那田蜘蛛山」の戦いで負傷したとき。クモ型の鬼との戦闘で大けがをした伊之助を、しのぶが自宅(蝶屋敷)で手当てしたことが最初だった。

 治療のたびに何度か顔を合わすうちに、伊之助はしのぶに対して「会ったことがある」という、不思議な感覚にとらわれる。しのぶの美しい顔立ち、優しい口調、包み込むような態度が、伊之助の失われた記憶を刺激した。

<しのぶ 何処かで昔会った気がする>(嘴平伊之助/18巻・第160話「重なる面影・蘇る記憶」)

 しのぶが治療にあたった際、しのぶは、傷口に触らないよう伊之助にいいふくめる。しのぶが「指きりげんまん 約束です」と言ったことが、伊之助に何かを思い出させた。赤ん坊だった頃の伊之助に、母が繰り返し聞かせていたのは、この「指きり」の唄だったのだ。伊之助の中の母親像が、しのぶのイメージと混ざり合う。

 伊之助はけがをするたびに、しのぶに診察を受け、介抱してもらった。作中で、伊之助はカナヲに対して「怪我(けが)をしたらお前アレだぞ しのぶが怒るぞ」と言ったことがある。親兄弟でもないしのぶが、自分のけがを真剣に心配してくれたことが、伊之助の心に刻まれていた。負傷中の自分を優しく迎えてくれるしのぶに、伊之助は“母性”を感じていたのだろう。

 蝶屋敷で、親のいない子どもたちの母がわり・姉がわりをつとめ、自分の絶望と寂しさに耐えて笑顔を作る胡蝶しのぶ。自分の命を捨てて、妹たちを、仲間たちを、伊之助たち若き鬼殺隊隊士たちを守ろうとしたしのぶに、伊之助は「優しい母」の面影を重ねた。

■母の恩人であり「かたき」の鬼

 伊之助は、鬼との最終決戦で、胡蝶姉妹の「かたき」である「上弦の弍」の鬼・童磨(どうま)と対峙する。これをきっかけに、伊之助は断片的だった過去の記憶のかけらを取り戻していく。

 童磨は、自分の命に執着がない珍しい鬼で、同時に「人が生きること」にも関心を示さない。基本的には、童磨にとって若く美しい女性は「良質な食料」だが、過去に「手元に置いて生かし続けよう」と思った女性がいた。それが、伊之助の母・嘴平琴葉(はしびら・ことは)だった。

 童磨は、夫としゅうとめから暴力を受けていた琴葉をかくまい、鬼である正体を隠したまま、琴葉と伊之助の面倒をみている。しかし、琴葉に正体がばれてしまい、説得を試みるも許されず、仕方なく琴葉たちを殺害しようとする。

<君のお母さんのことはね 喰うつもりがなかったんだよ 心の綺麗な人が傍にいると心地いいだろう?>(童磨/18巻・第160話「重なる面影・蘇る記憶」)

「ゆびきりげんまん。命にかえても伊之助は母さんが守るからね…。」――皮肉なことに、「かたき」の童磨の「記憶」が、母の唄を伊之助に思い出させる。人間の敵であるはずの童磨に「心のきれいさ」を感じさせた、母・琴葉。彼女によく似た伊之助の愛らしい顔立ちが、童磨に琴葉を思い出させ、伊之助が「鬼と戦うこと」の必然性、その複雑な関係をも思い起こさせた。

■取り戻した「記憶」のかけら

 伊之助は、童磨から自分の母親が「不幸だった」「意味のない人生だった」と言われたことに怒る。それは、伊之助が取り戻した記憶の中で、母の人生に意味があったことを確信したためである。「俺の母親を不幸みたいに言うなボケェ!!」と叫んだ瞬間、伊之助の「過去の孤独」は、幸せな子ども時代の思い出に変わった。

 母の人生の意味は、伊之助を助けるために生きたこと。母の幸せは、自分の笑顔を見ることだった。取り戻した記憶の中で、伊之助の母は笑っている。自分を抱きしめながら、誰よりも幸せそうに伊之助にほほ笑みかけてくれるのだった。

◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。