茨城県境町の一家殺傷事件で、殺人容疑で逮捕された岡庭由征(よしゆき)容疑者(26)=埼玉県三郷市=の勾留期限が29日と迫っている。事件をめぐる警察の捜査は昨年11月以降、いくつかの「節目」で異例の経緯をたどってきた。次なる手は──。



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「今のままでは、またやっちゃうと思う」

 2011年、14歳と8歳の少女が刃物で切りつけられた事件の裁判で、殺人未遂罪で起訴された当時16歳の岡庭容疑者が語った言葉だ。動機について、「女の人を襲うときは性的に興奮した」と述べていた。

 被害者の少女が損害賠償を求めた民事裁判の記録などによると、自宅のパソコンで、猫への残虐行為の動画などを見ていたこともあったようだ。高校2年だった11年11月には、自宅の庭で切断した猫の頭部を学校へ持って行き、騒ぎになっている。

 トラブルの後、岡庭容疑者は高校を退学し、通信制高校に編入。少女への事件が起こったのは高校退学から3日後のことだった。

 その後、岡庭容疑者は医療少年院に入り、茨城県境町の殺傷事件の前には少年院を出ていた。

 まだ容疑者の段階だが、残念ながら冒頭の言葉が「現実」となってしまったのかもしれない。

 猫を殺していたことなどは近隣住民にも知れ渡っていたが、今回、殺人容疑で逮捕されたことを知った無職の女性(78)は、驚きながらこう話した。

「中学生になる頃にはあまり姿を見かけなくなった。小さい頃の様子を見ていたので、いまだに信じられない」

 別の近所の70代の女性は、「殺人にも関わっていたとしたら、まさかという一言」と顔をこわばらせた。

■この条例違反で逮捕はしない

 今回の殺傷事件を振り返っておくと、事件が起きたのは19年9月23日午前0時40分ごろ。うっそうとした林に囲まれた住宅2階の寝室で、小林光則さん(当時48)と妻美和さん(同50)が首や胸などを刃物で刺されて亡くなった。5人家族のうち、2階の別の部屋にいた当時中学1年の長男(14)は手足を切られ重傷、小学6年の次女(13)も催涙スプレーを両手にかけられ軽傷を負った。1階にいた長女(22)には、けがはなかった。

 周辺の防犯カメラに犯人らしき映像はなく、凶器も見当たらない。茨城県警は当初、犯人は小林さん一家に恨みを持っている人物とみて、交友関係を中心に捜査した。だが、いくら調べても夫婦ともに目立ったトラブルは確認できず、捜査は長期化した。

 県警は交友関係の捜査と並行し、県外を含め過去に面識のない人を刃物で襲うなどした事件の洗い出しを進めた。

 その中で浮上したのが、冒頭の少女を切りつけた事件を起こした、埼玉県に住む岡庭容疑者だった。

 茨城県警から連絡を受けた埼玉県警は、茨城県警との合同捜査班を設けた。人に危害を及ぼすおそれがある商品を購入した形跡があるとして、埼玉県警は昨年11月19日、埼玉県三郷市の岡庭容疑者宅を殺人予備の疑いで家宅捜索した。

 捜索に先立ち、県警は岡庭容疑者に任意同行を求めた。午前6時ごろに始まった捜索では、危険物に備えて青や黄色の防護服に身を包み、ヘルメットと防毒マスクをかぶる捜査員の姿もあった。

 捜索の結果、硫黄やアルコール類など消防法上の危険物が見つかった。日付が変わったころ、岡庭容疑者は硫黄約44キロを貯蔵したとする三郷市火災予防条例違反容疑で逮捕された(起訴時の罪名は消防法違反)。

 ある捜査幹部は、

「普通はこの条例違反では逮捕しない」

 と異例の捜査だったことを認める。自宅の捜索は約1週間に及んだ。

「捜索をすべて終えていない中、その時点で適用できる容疑でやった」(前出の捜査幹部)

 次に捜査が動いたのは今年2月。茨城県警は、公記号偽造容疑で岡庭容疑者を逮捕した。聞き慣れない罪名だが、警察手帳につける記章を偽造したというものだ。

 この翌日には、さいたま地裁で消防法違反事件の初公判が予定されていたというタイミングだった。公判が始まれば、早期に判決が出て岡庭容疑者が釈放される可能性もあった。

 両県警は捜索で、複数の刃物のほか、岡庭容疑者が使っていたスマートフォンやパソコンなど約600点を押収した。

 捜査関係者によると、一連の捜査の過程で、岡庭容疑者が殺傷事件前に現場周辺を撮影したり、事件について頻繁にネットで検索したりするなど、この現場に関心を持っていたことを示す情報を見つけたという。

 さらに、小林さんの次女にかけられた催涙スプレーと同じ成分を含む熊よけ用スプレーを岡庭容疑者が購入していたことや、現場に残された足跡と同じ種類の靴を事件前にインターネットで買った履歴があることも明らかになっていた。

 5月7日、茨城県警は、殺人容疑で岡庭容疑者の逮捕に踏み切った。

 今回も、4日後に公記号偽造事件の初公判が水戸地裁で開かれる見通しだった。

■なぜ被害者宅に 動機、移動手段は

 今後の捜査はどうなるのか──。

 逮捕にまではこぎ着けたが、決定的な証拠が見つかったという話は出ておらず、解明すべき点は多い。

(1)   岡庭容疑者が事件前に購入したとみられるスプレーや、小林さん方に残されていた足跡と同じ種類の靴は捜索では見つかっていない
(2)   事件当日に現場にいたことを直接裏付ける証拠も得ていないとみられる
(3)   県警は、岡庭容疑者と被害者との接点はなかったとみており、小林さん一家を襲ったとする動機がはっきりしていない
(4)   三郷市と現場とは約30キロの距離があり、一家の生活圏とも重ならない
(5)   岡庭容疑者はサイクリングが趣味で、県警は自転車で被害者宅を訪れたとみているが、なぜこの家を狙ったのか

 7日の逮捕から2週間以上が過ぎ、勾留期限の29日が迫る。子どもに対する傷害容疑もしくは殺人未遂容疑で再逮捕するのか。鑑定留置の可能性もある。

 県警は逮捕後の認否を明らかにしていないが、捜査関係者によると、岡庭容疑者は容疑を否認しているという。

 岡庭容疑者側の弁護方針は明らかになっていないが、捜査側と全面的に争う展開が予想される。別の捜査関係者は言う。「状況証拠を積み上げる捜査になる」

(朝日新聞取材班)

※週刊朝日  2021年6月4日号