放送作家・鈴木おさむさんが、今を生きる同世代の方々におくる連載『1970年代生まれの団ジュニたちへ』。今回は、よゐこの濱口優さんについて。


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 よゐこの濱口さんとは、僕が21歳の時に知り合い、最初に電話番号を交換した芸能人です。

 そこからライブを中心に、28年間のお付き合いがあります。「めちゃイケ」や「黄金伝説」などのテレビ番組も僕は作家としてやらせていただきましたが、1年半に一度行われるライブの構成もずっとやらせてもらってて、ライフワークの一つ。

 本当の友達って会う回数とかが大事じゃない。僕にとって濱口さんは、仕事仲間であり、友達であり、親友だと思っています。

 人の優しさって、中々比較できるものではないですが、僕の知ってる中で濱口さんは優しい。とてつもなく優しい人です。僕の知ってる人の中で一番優しい人です。

 優しいというのは、ただ甘やかすとか、自分の主張をしないとか、そういうことではないです。濱口さんはああ見えて、自分のこだわりがしっかりしている。嫌なものは嫌だとはっきり言うタイプです。好きなものは好きだけど嫌いなものは嫌い。背骨がとてもしっかりしている。

 濱口さんの優しさは、そっと寄り添ってくれるところにあると思います。あの「アハハハハ」という笑い声とともに、笑いながら寄り添ってくれる。

 そんな優しさなんです。本物の優しさ。

 優しい濱口さん。濱口さんと南明奈さんとのお子さんが、お空に戻ったという報告がありました。妊娠7か月だったそうです。

 胸がキュっと苦しくなりました。うちも妻のお腹の中に出来た子供がお空に戻った経験があります。二度ありました。二度目は双子でした。

 最初の時。妻が産婦人科に検診に行っていたのですが、なかなか帰ってこず。嫌な胸騒ぎがしました。そして電話が鳴った。妻が激しく泣いていた。それで何が起きたかわかりました。

 妻を病院に迎えに行く。泣きながら病院を出て行く。

 大きなお腹を撫でながら帰る人。生まれて間もない赤ちゃんを抱きながら入ってくる人。そして、残念なことになってしまった妻のような人。みな、同じ扉を通って帰っていきます。

 泣きながら家に帰った妻。もう芸人として仕事出来ないかもと思っていました。

 家に帰ってからもずっと泣いている妻。親に報告の電話をする。残念になってしまったことを。それから数日たって手術をしました。

 悲しみの中にいる妻と一緒にいても、僕は何を言っていいかわからない。「がんばれ」なんて言えない。言っても意味がない。だから言葉が出ない。何をしていいかわからない。歯がゆい。自分の無力さを感じる。

 手術をした翌日、栃木の実家から妻のお母さんが来てくれました。家に来て、あまり言葉は発さずに、カレーを作り始めました。妻が大好きだったお母さんのカレー。そしてそのカレーを食べた妻。お母さんは、再び栃木に帰っていく。

 妻が再び起き上がり、前向きに進もうと決めました。きっかけは、お母さんのカレーでした。子供の頃からずっと食べてきたお母さんのカレー。

 濱口さん。僕とは違うかもしれませんが、夫として、歯がゆさとか感じているかもしれません。だけど、濱口さんは優しいです。とてつもなく優しいです。

 濱口さんの、そのとてつもなく優しい風呂敷を大きく広げ続けていれば、きっと、立ち上がり、その優しさの風呂敷に包まれ、また歩き出せる日が来ると、僕は願っています。

 また、いつか。きっと。

■鈴木おさむ(すずき・おさむ)/放送作家。1972年生まれ。19歳で放送作家デビュー。映画・ドラマの脚本、エッセイや小説の執筆、ラジオパーソナリティー、舞台の作・演出など多岐にわたり活躍。パパ目線の育児記録「ママにはなれないパパ」(マガジンハウス)が好評発売中。バブル期入社の50代の部長の悲哀を描く16コマ漫画「ティラノ部長」の原作を担当し、毎週金曜に自身のインスタグラムで公開中。YOASOBI「ハルカ」の原作「月王子」を書籍化したイラスト小説「ハルカと月の王子様」が好評発売中