日本初公開から35年。映画界に衝撃を与えたジム・ジャームッシュ監督作品の特集上映が、東京で開催されている。劇場には幅広い世代のファンが詰めかけ、早くも、北海道から福岡まで全国での公開が決まった。「ミステリー・トレイン」「パターソン」に出演し、30年以上にわたり監督との親交を続けている永瀬正敏さんに聞いた。



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 ジム・ジャームッシュ。映画ファンならその名を知らぬ人はいないだろう。インディペンデント映画、つまりハリウッドメジャーではない作品を世に問いつづけている映画監督だ。1986年4月に日本で「ストレンジャー・ザン・パラダイス」が劇場公開され、話題をさらってから35年。いま、代表作12作品が東京のスクリーンで一挙公開されている。

「僕としてはグッとくるものがありますね。若い世代の方に、ジムの昔の作品をスクリーンで観てもらえる機会があるのは、本当にうれしいなと思います」

 そう語るのは、永瀬正敏さん。89年に公開され、カンヌ国際映画祭の最優秀芸術貢献賞を受賞したジャームッシュ監督作品「ミステリー・トレイン」に、工藤夕貴さんとともに出演。以来、監督と親交を深めている。2016年には「パターソン」にも出演した。

「ミニシアター、僕らの頃は単館系って言ってましたけど、その人気に火をつけた監督の1人だと思うので、ああ、またジムが小さな映画館を救うのか、と。大袈裟じゃないのも、彼らしい」

 自身が出演するより前から監督のファンで、全作観ているという永瀬さんに、ぜひ観てほしい1本を尋ねたところ、難しい、と笑われた。

「ジャンルレスなんですよね。ロードムービーがあったり、監獄ものがあったり。ドラキュラものも、ゾンビものもある。『パターソン』を撮影しているときだったかな、ジムが『次はゾンビやるんだ』って嬉しそうに話してくれて。最初、へえ、って返したんですけど、ん?ゾンビ!?って言った覚えがあります(笑)。意外性にそれだけ毎回驚かされるし、そこがジムのすごいところでもある。でも、どこか、流れている血液というか、作品すべてに流れているビートがあって。すべての作品に思い出があるので1本に決めづらいですね(笑)。でも、最初に劇場に観に行った『ストレンジャー・ザン・パラダイス』と、関わらせていただいた『ミステリー・トレイン』と『パターソン』、その3本は別格かな」

 永瀬さんと「ストレンジャー・ザン・パラダイス」との出合いは、「ものすごく衝撃だった」という。

「公開から1週間くらいのときだったかな。先輩の女優さんから、すごい映画見ちゃった、永瀬くん絶対好きだから観に行きな、って連絡もらったんです。行ってみたら、満員で。当時は消防法もゆるかったのかな(笑)、階段に座って観たんですよ。立ち見もいっぱいいた。観たらもう、びっくりしちゃって。お尻痛いのを忘れるぐらい没頭しました。なんだこれ?と」

「ストレンジャー・ザン・パラダイス」で観るべきポイントはたくさんありすぎて語り尽くせないが、特に音楽がすばらしい、と永瀬さんは言う。

「ビートがちゃんと映画の血肉になっている。曲のリズムで、みんな歩いてるんですよ。もちろん音楽を流しながら歩いて撮影してるわけじゃないんでしょうけど、結果的にあのビートが、物語の編集とかも含めて、作品のハートビートになっているのがすごい。それはほかの作品もすべてそうですけどね。音楽に造詣が深い監督ですから」

 そして受けたのが、89年に公開となる「ミステリー・トレイン」のオーディションだった。だが、受けた時点では、どういう映画になるか、何も明かされていなかったという。

「ジャームッシュが日本人のキャストも入れた映画を作る、というだけで、ほかは何も知らなかった。内容はもちろん、どこで撮るかとか、誰が出るかとか、そういうのも、まったく」

 オーディションでは「音楽とファッションの話しかしなかった」ため、落ちたものと思っていたというが、「ミステリー・トレイン」はまさに永瀬さんが当時聴いていたという音楽、エルヴィス・プレスリーやカール・パーキンスといったミュージシャンの聖地である、メンフィスを舞台とした映画だった。

「ジムも初めて日本人のキャストを演出するというので、撮影開始の10日くらい前だったかな、早めに現地に入りました。言ってしまえばリハーサルなんですけど、普通のホン読みとちょっと違って。ジムがまず言うには『僕は日本人ではないから、日本語のセリフとか行動とかで、日本人がやらないことがあったらどんどん言ってほしい』と。常にもっといいアイデアはないか聞いてくれるんです。それで、こういうのはどうだ、ああいうのはどうだ、って出すと、あ、それ面白いね、じゃ、ちょっとこのシーンを変えてみよう、って。その日の夜にはもう新しい脚本がみんなに配られる」

 そのとき、永瀬さんが提案した内容を具体的に尋ねると、驚きの答えが返ってきた。

「ライタートリックですね。最初は煙草に火をつけるとしか書いてなくて、なんか面白いアイデアない?って言われたので、ジムの前でやって見せたんですよ。ちょうど映画で着ていたのと同じようなジャケット着てて、放り投げたらたまたま内ポケットに入った(笑)。ぜひ使おう、って言ってもらいました。あとは(工藤)夕貴ちゃんが、なんでいつもつまんない顔してんの、ハッピーになりなよ、って、僕に口紅を塗るシーンがあったんですけど、夕貴ちゃんに相談して、口づけで塗ってもらうのはどうだろう?って」

 どちらも、作品のなかでも特に強く印象に残る場面だ。永瀬さんのアイデアを監督が柔軟に取り込んだからこそ生まれた、名シーンと言えるだろう。

「ジムはいろんな人のアイデアをミックスさせていましたね。例えば、スーツケースの取っ手に棒を入れて2人で持って、前後をスイッチしながら歩くっていうのは、撮影監督のロビー・ミューラーさんのアイデアだったんです。もちろん、100%取り入れるわけじゃなくて、最終的なジャッジメントはジムがするんですけどね。撮影の前に、リハーサルというほどではないですけど、実際に夕貴ちゃんと2人で持ってメンフィスを歩いた思い出がありますよ」

 ジャームッシュ監督は、場面ごとに細かい演出をするよりも、人物を深めていくような演出をするとも聞く。脚本の段階でキャストとの関係を深めることで、作品内の人物像を深めている、と考えることもできる。監督は「あて書き」という、役者をイメージして脚本を書くことも多い。

「初期は特に、あて書きが多い方でしたね。『ストレンジャー・ザン・パラダイス』も、『ダウン・バイ・ロー』もそうですし、『ミステリー・トレイン』もホーキンス[スクリーミン・ジェイ・ホーキンス]やサンキー[サンク・リー]は、あて書きですから。パーソナリティーをよく知っているところから物語を膨らませていく方だったので、僕たちとも事前にいっぱい話をしたかったんじゃないでしょうか」。 

「パターソン」で永瀬さんが演じた日本の詩人も、あて書きだ。

「最初に直接メールもらって。最後のワンシーンしか出てこないし、撮影地のパターソンは遠いし、ネイティブな英語をしゃべれないのもわかっているし、でも、脚本書いているときから君のことを思って書いていた。だから、一緒にやってくれるとうれしい。申し訳ないけど、ちょっと脚本読んでもらえないか、って。何をおっしゃいますやら(笑)、喜んで行きますよって思うんだけど。でも、そこから彼の思いが伝わってくるんですね。うれしくて、脚本読む前に、やるって伝えました(笑)」

 ジャームッシュの映画には、よく明確な「物語」がないと言われる。多くの作品に共通するのは、何でもない日常と、そのなかに覗く小さなズレや、そこから生まれる可笑しみだ。

「『パターソン』なんて、ただの夫婦の1週間の話ですからね(笑)。普通はちょっと逃げちゃうと思うんですよ。何か大きな出来事を積み上げるとか、大どんでん返しをラストに3つぐらい持ってくるとか。そうではなく、何でもない日常を撮る、しかもそれをたくさんの方が愛する作品に仕上げるって、相当な力量がないとできないと思います」

 ジムと一緒にいると、感動することが、語り尽くせないほどある、と永瀬さんは続ける。「パターソン」に出演した際も、監督から撮影前に会いたいと言われ、早めに現場に行った。

「連絡はずっと取り合ってるんですけど、実際に会うのはとても久しぶりだったので。最初に会ったときは、役の話は30分くらいでした(笑)。お土産を紙袋二つぐらい用意してくれていて、映画のグッズだとか、彼は音楽もやるのでアナログ盤のアルバムだとか、いろんなものをいっぱいくれて。それも嬉しかったんですけど……、2人で一緒にパターソンの街を歩いたんですよ。そうしたら、楓だったと思うんですけど、僕たちの前に葉が一枚落ちて来たんですよね。それをジムが拾って、今年最初の落ち葉だ、2人の再会を祝ってくれてるよ、って言って、僕にくれたんです。それがいちばん嬉しかったかな(笑)。そういう人なんです。大事に持って帰りました」

「ミステリー・トレイン」がニューヨーク・フィルム・フェスティバルにかかったときにも、同様に、忘れられないエピソードがある。

「国際映画祭では、監督や僕らキャスト、スタッフの席が用意されているんですが、チケットを買えない人が並んでるって聞いたジムが、彼らに席を譲らないか、って言うんです。僕たちは階段でいいじゃない?って。だから、ジョー・ストラマーもジムも、みんなで階段に座って観たんですよ。そういうところが、もうね、たまらないんですよね」

 永瀬さんにとって、ジャームッシュ作品の最大の魅力は、どういうところにあるのだろう。

「一言ではなかなか言えませんけど……ちゃんと人に寄り添っているというか、すべてのキャラクターに愛情があるというか。これ見よがしの恩着せがましい愛情じゃなくて、ちゃんと、その人の目線に立った、さりげないやさしさ。それが、どの作品からもにじみ出ている。同時に、彼の感じる何か、引けない部分っていうのかな、それがメッセージとしてどの作品にも入っている。だから共感を呼ぶのかな?と」

 ジャームッシュ作品の良さは言語化しづらいと思っていたが、永瀬さんの話を聞いていると、人を大切にする監督の人柄がにじみ出ているからこそ、淡々と重ねられる日々から伝わるものがあるのかもしれないと感じる。

「ジムのやさしさはエセじゃないんですよ。変わったことをしてやろうとか、こういう話を作ったらヒットするだろうとか、そういう濁った感情がないんです。本当に尊敬する人です」

 近年、字幕映画を避ける人が増えていると聞く。わかりやすい起伏のある作品がヒットする傾向もより強くなっている。だが、コロナ禍によって「何でもない日常」が揺るがされたいまこそ、その大切さや、人のあたたかさを感じられるジャームッシュの映画は、より観る者の心に響くのではないだろうか。

「それこそが、ジャームッシュイズムというのかな。本当に、いろんな人に触れてほしいですね。僕みたいにリアルタイムで観ていた人はもちろん、若い人にも観てほしい。いまはコミュニケーションが取りづらい時代だから、そういう意味でも、例えば会社の後輩とかを誘って劇場に来ていただければなって。きっかけは何でもいいんです。それこそ、ジョニー・デップ出てるよ(「デッドマン」)、でもいいし、音楽が好きなら「ダウン・バイ・ロー」にはトム・ウェイツが出ていますし、「パターソン」や「デッド・ドント・ダイ」には、フォースを使える役者(アダム・ドライバー)が出ていますからね(笑)。きっかけは何でもいいので、1作品でも観てほしい。そして面白いと思ったら、別の作品も観てみる、というような、広がりのきっかけになればいいなと。まずは触れて、何かを感じてもらえればいいなと思います」

◎JIM JARMUSCH Retrospective 2021
7月22日まで、新宿武蔵野館・ヒューマントラストシネマ有楽町・渋谷シネクイント・アップリンク吉祥寺(すべて東京)の4館で開催。以降、7月30日〜8月12日チネ・ラヴィータ(宮城)、8月6日〜8月26日テアトル梅田(大阪)、8月6日〜8月19日シネ・リーブル神戸(兵庫)、8月13日〜9月16日アップリンク京都(京都)、9月10日〜9月30日静岡シネ・ギャラリー(静岡/9作品のみ)、ほかセンチュリーシネマ(愛知)、八丁座(広島)、KBCシネマ(福岡)、札幌シアターキノ(北海道)で調整中

(編集部・伏見美雪)

※AERA 2021年7月12日号