駅での防犯対策として、JR東日本が顔認証機能付きカメラを用いて刑務所からの出所者や仮出所者の一部を検知する仕組みを導入していたことが報じられた。同社は「社会的なコンセンサスがまだ得られていない」として出所者らの検知をとりやめるとしたが、このケースは「治安」と「人権」を巡る問題に一石を投じている。顔認証機能付きカメラを巡る問題について、法律の専門家らに見解を聞いた。

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 顔認証機能付きカメラは、人の顔の特徴をデータ化した生体情報をAI(人工知能)などで解析し、特定の顔を検知することができるものだ。身近な例では、スマホの顔認証機能もその一つ。パスワードを入力する手間が省けるため便利だが、顔をマスクで覆っていると認識されないこともある。利用者はある程度のセキュリティーと利便性の高さに納得したうえで顔認証機能を設定するのが一般的だろう。

 しかし、こうしたデータを本人の同意なしに外部機関が収集していたら――。公共の場において、情報が収集され利用されるとなれば、個人のプライバシーの侵害と移動の自由を制限することにつながりかねない。そのため、利用には社会的な合意とルール整備が求められる。

 白鴎大の清水潤准教授(憲法、比較法)は、「顔認証技術の精度そのものが低く、それによって偏見と差別を助長するリスクがある」と指摘する。

「顔データの解析は人種によって正確度が違うため、欧米では問題視されてきました。特に、白人と黒人では、黒人のほうが不正確に判定されてしまう例が多発しました。例えば、オバマ元米大統領のファーストレディーであるミシェル・オバマ氏を男性と認識したり、黒人の顔をゴリラと認識したりするほど、精度に疑問があるものです。人種により誤認逮捕などが起きやすくなる不利益が出ることも懸念され、人種問題に敏感な欧米社会では、顔認証カメラの使用自体を禁止している地域もあります」

 2019年5月、サンフランシスコ市がアメリカで初めて、顔認証技術の使用禁止条例案を可決した。また2020年5月には、黒人男性のジョージ・フロイドさんが白人警官の暴行により死亡する事件が起き、人種差別の反対運動が広がった。これを受け、IBMやマイクロソフト、アマゾンなどのIT企業が相次いで監視目的の顔認証ソフトの開発や販売を中止し、各州都市で利用を禁止する事態に発展していった。

 EUでも、2021年4月に公共空間で顔認証技術を使った警察捜査を原則禁止とするAI関連の規制案を公表するなど、欧米社会では利用を制限する流れにある。

 では日本は――。この問題に一石を投じたのが、JR東日本による顔認証カメラの導入だ。同社は7月から、駅構内の安全対策として、顔認証技術を用いて指名手配中の容疑者や不審者とともに、出所者と仮出所者の一部を検知する仕組みを導入していたと、読売新聞が報じた(9月21日)。対象者の顔情報をデータベースに登録し、照合する仕組みだという。

 JR東日本は、駅構内にステッカーを貼るなどして顔認証機能付きカメラの設置をアナウンスしていた。だが、出所者と仮出所者を検知対象に含んでいたことは、報道されるまで公表していなかった。

 同社はAERA dot.の取材に対し、「様々なご意見を踏まえ、出所者・仮出所者は登録しない」と回答。現時点で、登録した事例もないという。一方、不審者などの「顔の情報の照合」については続けるという。

「国内外の犯罪・テロの脅威が高まっていることも踏まえて、テロ行為等を未然に防止し、お客さまの安全・安心を向上・確保するため、鉄道のセキュリティ向上を継続したいと考えております」(JR東日本広報部)

 警察庁OBである中央大学の四方光教授(刑事政策論)は、こう指摘する。

「鉄道会社には、乗客の生命を守る使命があります。8月に小田急線で起きた刺傷事件など刃物を持った犯人の追跡捜査や、テロ対策、冤罪防止には有効かと思います。ただ、『出所者=危険な人』という感覚でカメラを運用することは、『危険な人』というイメージが固定される恐れがあります。出所後に立ち直ろうと努力している人は多いのですが、そうしたイメージゆえに就職が困難になるなど、さまざまな場面で肩身の狭い思いを余儀なくされます。安全対策上の必要性と、プライバシーを侵されるかもしれないという不利益とのバランスを検討することが必要です」

 また、JR東日本は、事件の被害者らに加害者の出所や仮出所の情報を知らせる「被害者等通知制度」に基づき、検察庁から情報を提供される立場だったことも報じられた。前出の清水准教授は、「こうした情報が民間に渡ること自体にも問題がある」と指摘する。 

「『被害者等通知制度』は、刑事事件の被害者やそれに準ずる者などに情報を通知することで、刑事司法の円滑な運営に資することを目的としています。出所したかどうかなどの状況を被害者が知らないということがないようにするための制度であって、出所者等の犯罪の予防のために設けられたわけではないのです。出所時期などは厳密に保護されたセンシティブな情報で、当人の同意なく、防犯目的で個人情報を渡すことは、制度の濫用に当たる可能性があると思います」

 四方教授によると、日本では顔認証機能付きカメラは「それほど広がっていない」という。

「防犯カメラは万引き防止として民間企業が主導して取り入れてきましたが、顔認識カメラはまだそれほど普及していません。東京五輪をきっかけとしたテロ対策のためにJR東日本が先陣を切って導入したのだと思います」

 テクノロジーによって個人情報の収集がしやすくなった時代。どこまでを安全のために許容し、どこまで制限したらよいのか。透明性と十分な議論が求められる。(AERA dot.編集部・岩下明日香)