10月31日、京王電鉄京王線の特急新宿行き車内で、刺傷及び放火事件が発生した。電車内で男女17人が刺されるなどして重軽傷を負い、殺人未遂容疑で服部恭太容疑者(24)が警視庁に逮捕された。事件後、ツイッターに投稿された動画には、乗客がパニックに陥って別の車両に逃げたり、窓からホームへと逃げ出したりする様子が映し出されていた。

■乗客の非常用ドアコック操作が混乱を助長させる

 報道によると、事件は調布発車後に起こり、隣の布田通過時に非常通報ボタンが押されたという。実はこのボタンを押しただけで、電車は急停車しない。鉄道車両の多くはボタンを押した後、乗務員と直接通話ができる。状況を把握して、適切な対応をするためだ。ただ、今回の場合は車内が騒々しく、車掌は乗客の声が聞き取れなかったらしい。

 布田通過後、電車は隣の国領で緊急停車することになった。ところが、乗客が非常用ドアコックを操作したことで、非常ブレーキがかかり、停止位置の約2メートル手前で、国領に緊急停車した。電車の乗降用ドアとホームドアの位置が合わないほか、非常事態も重なり、停止位置の修正も困難な状況になったため、乗客は側窓から降り、ホーム上で避難することになった。側窓は3分の1程度で全開のため、脱出も容易ではないが、幸い転落事故は発生しなかった。

■車両とホームドアの構造が幸い

 今回の事件は、状況が違えばより多くの被害が出た可能性もある。

 まず、事件の当該車両となった8000系が、10両貫通編成化の改造車であることは不幸中の幸いだった。新製当初は4両(1〜4号車)+6両(5〜10号車)の分割編成で、4号車と5号車のあいだは、車内での通り抜けができなかった。仮に分割編成のままだったら、容疑者を乗せた1〜4号車が大パニックに陥る可能性もあった。

 次にホームドアが後づけ可能で、コストも削減できるハーフハイト式であったことだ。神戸新交通や東京メトロ南北線などで使われているガラス張りのフルハイト式だと脱出は容易ではない。仮にフルハイト式のホームドアで、今回と同様の事件、事象が発生した場合、列車を降りたあと、線路上を歩き、ホームへ向かう。この場合、脱出から避難まで相当な時間を要するだろう。

■非常用ドアコックのむやみな使用は危険

 今回の事件でクローズアップされたのは、非常用ドアコックだ。通常、各乗降用ドアの上、もしくは座席下に設置されている。主に非常事態が発生したときや、報道公開で使われるが、基本的には乗務員等が操作する。乗客でも操作はできるが、むやみに使わないほうがよいだろう。特に複線や複々線だと、後続や対向の列車にはねられる恐れがある。また、今回の事件は地下区間で発生したが、仮に駅と駅の間で停止し、非常用ドアコックを開けた場合、車内で発生した煙や炎が地下トンネル内に広がってしまい、負傷者が増える恐れがある。列車の走行中、あってはならない非常事態が発生したら、各車両に設けられている非常通報ボタンを押すか、運転士(ローカル線のワンマン運転時に限る)、もしくは車掌に直接知らせたほうがよいだろう。

■ホームドアはある程度の見直しが必要か?

 転落事故防止など安全性向上の一環として、1日の平均乗降客数10万人以上の駅を中心に、ホームドアの設置が進められているが、今回の事件で、「脱出」の面で課題を残した。今後、ホームドアの設置工事を行うのであれば、ホームドアと車両の間隔を広げることも検討してほしい。たいていの駅はホームドアと車両の間隔が大変狭い。東急電鉄は田園都市線宮前平に限り、ホームドアと車両の間隔が広い。設置当時、一部の車両に6ドア車が連結されていたため、ホームドアの位置を内側に寄せたためだ。非常事態が発生した場合、列車の停止位置が若干前後しても、列車の乗降用ドアとホームドアが開けられる。ただし、ホーム幅が実質狭くなることや、既設駅のホームドアの位置を内側に移動させる場合、工事が容易ではないデメリットもある。

 JR西日本東海道・山陽本線の一部駅、JR東日本成田線の空港第2ビル、成田空港駅などでは、どんな車両にも対応できるよう、昇降式ホーム柵を設けている。列車が到着するとロープが上がり、発車前にロープが下がる仕組みだ。フレキシブルに対応できることはメリットだが、列車の停止位置が前後した場合、乗降用ドアと柵の土台が重なるデメリットもある。

■ホームドアを活用した大規模訓練の実施を

 例年、秋は鉄道事業者が大規模な訓練(例えば、東京メトロでは「異常時総合想定訓練」と称す)を実施している。主に地震、火災をテーマとしており、ほとんどが駅と駅のあいだで災害、事件が発生したことを想定している。筆者は過去に何度か取材したが、駅に関する訓練を見たことがない。今後、今回と同様の事象が発生した場合や、ホームドアが故障した際の避難誘導など、新たなマニュアルを策定し、より迅速に対応する必要があるだろう。

■防犯カメラなどの諸費用は政府や警察が負担すべき

 新幹線のN700系以降、車両内などに防犯カメラの設置が進められている。だが、事件が発生した京王電鉄8000系の当該編成には、設置されていない。事件後、松野博一官房長官は「車内に防犯カメラの設置」など、安全対策の強化を進める考えを明らかにした。これまで設置費用はすべて鉄道事業者が負担している。義務化などを推し進めるのであれば、政府や警察が費用を全額負担し、設置のスピードアップを図るべきだろう。(文・岸田法眼)

■きしだ・ほうがん/『Yahoo! セカンドライフ』(ヤフー刊)の選抜サポーターに抜擢され、2007年にライターデビュー。以降、フリーのレイルウェイ・ライターとして、『鉄道まるわかり』シリーズ(天夢人刊)、『論座』(朝日新聞社刊)、『bizSPA! フレッシュ』(扶桑社刊)などに執筆。著書に『波瀾万丈の車両』『東武鉄道大追跡』(アルファベータブックス刊)がある。また、好角家でもある。引き続き旅や鉄道などを中心に著作を続ける。