ヤン ヨンヒ監督の新作、「スープとイデオロギー」が来年6月に公開される。AERA 2021年11月15日号で、ある剽窃事件と、それを経ての韓国映画界の成熟について語った。

*  *  *

 ヤン ヨンヒ監督が、新作「スープとイデオロギー」を完成させて韓国から帰国した。

 過去作品の「ディア・ピョンヤン」「愛しきソナ」「かぞくのくに」では、帰還事業で北朝鮮に帰国していった3人の兄と、朝鮮総連の幹部であった父を含む家族の相克、国家と個人の葛藤を一貫して描き続け、いずれも国際的に大きな評価を得てきた。

「スープとイデオロギー」は、そのテーマの集大成とも言える作品となった。これまで自らの半生について沈黙を保っていた母が、済州島4.3事件(1948年に韓国軍によって島民の約5分の1が殺害された虐殺事件)の被害者であったことを語り出したことから、カメラは回り出し、韓国のみならず在日社会においても長くタブーとされていたこの島民虐殺事件について押し入っていく。

 アンジェイ・ワイダがポーランドの国家的禁忌であった「カティンの森」を悲願として制作したのは、自身の父親がこの事件に巻き込まれていたからであるが、ヤン監督もまた同様のアプローチと言えようか。

■韓国映画界の闇と希望

「スープとイデオロギー」は完成早々、韓国のDMZ国際ドキュメンタリー映画祭で最高賞を受賞する。「2年前の私は韓国で映画制作だけをするつもりでしたが、滞在中に予想外の有意義な体験を多々することになりました」と言う。

 新作の編集中に何があったのか。韓国映画界の闇と希望を語ってもらった。

──2019年、ポン・ジュノ監督がパルムドールを取りましたが、今更ながらに韓国映画のすばらしさは、世界から注目を集めています。かつての軍事独裁時代を経て、今のこの映画文化の興盛を支えているものは何なのでしょうか。

ヤン ヨンヒ監督:DKG(韓国映画監督組合)が非常に頑張っているんです。映画界における#MeTooやパワハラ、著作権の問題なんかについても徹底的に取り組んでいます。日本にいてよく感じるのが、何かの取り組みに対して「海外ならともかく、日本では無理だよね」というような言質です。でも、韓国は日本より、状況が悪い中からがんばったわけです。

 民主化も表現の権利もロールモデルを探して真似る部分は真似て、韓国の状況に合わないところは合わせて改善してシステムを作る。上手くいかなければ途中で反省して変える。

 それは政権に対しても同様じゃないですか。人間がやるんだから、政権は腐りますよ。映画界も同様で、ラジカルな進歩派が多くてもエゴの強い作家が集まった団体ですから、腐っていく。その度に見つめ直して改善していくということを常にやっている。自分の作品作りも大変なのに、業界の底上げのために自分の時間を使う監督がこんなにいるんだということが衝撃で、頭が下がりました。

■「揺れる心」無断盗用

——韓国映画界も腐っていた。ヤン監督はその象徴的な事件の渦中に、当事者としていたのである。それは23年前に起きた「『本名宣言』剽窃事件」。ヤン監督がNHK大阪と制作したドキュメンタリー「揺れる心」(96年)の映像を、韓国のホン・ヒョンスク監督が、9分40秒にわたって自身の映画「本名宣言」(98年)に無断盗用した。にもかかわらず、釜山国際映画祭がこの作品にウンパ賞を受賞させたのである。当時ヤン監督はNYに留学中で、ホン監督からは何の連絡もなく、報道でこの受賞を知り、製作元からテープを取り寄せて確認し驚愕したのである。

ヤン ヨンヒ監督:私の撮影した映像が勝手に使用されていて、驚きました。当時の私は朝鮮籍だったので韓国に入国できず、それでも抗議のために「揺れる心」のコピーを作って、釜山国際映画祭と韓国メディア、映画団体に送って盗作・剽窃の疑いを審議してほしいと訴えました。

 でも、釜山の審査委員会は「剽窃にあたらない」という声明を発表したのです。しかも、自主映画の監督たちが構成する韓国独立映画協会は、私に対して、「韓国独立映画の名誉を傷つけた」と公式に非難声明まで出してきたんです。

 なんでこんなパクリがうやむやにされるのか。私は、NYでそれを読んで寝込んでしまいました。私の提起を唯一書いてくれた中央日報に対しても、韓国独立映画協会は、「保守紙が進歩的なドキュメンタリストに対する言論弾圧、表現の自由を阻害している」として、問題をすり替えて攻撃してきたんです。

——昨年、22年経って、「揺れる心」と「本名宣言」の比較上映会がソウルで実現した。同様にホン・ヒョンスク監督からの被害に遭っていた女性プロデューサーがヤン監督の事件を知り、風化させてはいけないと企画してくれたのである。

ヤン ヨンヒ監督:私も2作品を見比べましたが、誰がどう見ても重大な著作権侵害であったことは隠しようがなく、これで一気に問題が可視化された。自浄作用を働かせたのも、また韓国の映画人たちであったわけですね。

■もみ消された剽窃

ヤン ヨンヒ監督:比較上映会にはメディア関係者も含めて約100人も集まりました。パク・チャヌク監督も来られて、これは放っておけない、DKGに入ってこの問題もぜひ提起して下さい、と言われました。すぐに理事会を開いてくれたのですが、この剽窃事件には、他の監督が私以上に怒ってくれました。業界を健全にすべきだという意識がすごくあるんですね。

 著作権問題だけならば、二者間で裁判なりすれば良いのですが、問題は釜山国際映画祭と韓国独立映画界が手を組み組織的に隠蔽したことと、私の肩を持った独立映画人もすごく叩かれていたのも、去年判明しました。独立映画人にこの件で箝口令(かんこうれい)まで敷き、沈黙を誓う宣誓書にサインもさせていたんです。

——昨年、内幕が露見した。22年前、韓国ドキュメンタリー界の重鎮キム・ドンウォン監督が結成した韓国独立映画協会が、ホン監督に受賞させた。そこにケチがつくようなことがあってはならないと、この露骨な剽窃がもみ消されたのである。いわばリベラル側のヒエラルキーによる度し難いパワハラであった。

■監督が果たした役割

——著作権侵害であることは明らかになったが、いまだに釜山国際映画祭もキム・ドンウォン監督も、正式な謝罪をしていない。これに対して、韓国若手ドキュメンタリー監督が作ったユニット「ドキュフォーラム2020」は、「被害事例について勇気をもって共有して下さったヤン・ヨンヒ監督に大きな支持、そして連帯を表明」し、釜山国際映画祭に謝罪を求め続けている。

ヤン ヨンヒ監督:大きな権威になっている釜山国際映画祭に対しても、しっかりと意見を表明する若い監督たちに希望を見ますね。私はこのことがショックで、映画祭に白けていました。「スープとイデオロギー」も、公開はしたいけど、韓国の映画祭には出さないとスタッフにもOKをもらっていた。

 でも、DMZの事務局長と委員長が会いたいと言ってきた。DMZ映画祭のアイデンティティーにぴったり合うし、作品が何よりも面白い。自分たちは口出しできないが、セレクションコミッティーがあるので、映画が良かったら通るし、ダメなら落ちるし、と言われたのが、うれしかったんです。

DMZは、剽窃したホン監督が委員長だった映画祭。しかし、私も彼女が辞めた後は、偏見は一切ない。作品を観てから決めるというのがうれしい。それが開幕作にまでなってすごいイントロダクションを作ってくれたし、最高賞もいただいたんです。

——どんな権威に対しても、おもねらずに自浄していく韓国映画界の成熟度。そこに在日であるヤン監督が果たした役割がいかに大きかったかは、多くの人々が証言している。(ノンフィクションライター・木村元彦)

※AERA 2021年11月15日号