ヴィゴ・モーテンセンの初監督作「フォーリング 50年間の想い出」は自身の親子関係をもとにした物語だ。AERA 2021年11月22日号で映画に込めた想いを語った。

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「ロード・オブ・ザ・リング」のアラゴルン役で知られるヴィゴ・モーテンセンは、「ザ・ロード」や「グリーンブック」など社会性の濃い作品に多く出演、俳優として高い評価を受けてきた。その初監督作が「フォーリング 50年間の想い出」だ。

「母が他界したときに、思い出を何かの形で残しておきたいと思ったんだ。若い頃のイメージを、炎のようにとっておきたいと感じた。父母や家族などを通し、身近に認知症を体験した。それで認知症がテーマの短編小説を書こうと思ったんだ。メモを取り始めると、過去の経験がフラッシュバックのようによみがえってきて、映画の方がふさわしいな、と感じたんだ」

 そう、彼は認知症をテーマにした動機を語る。

■過去の出来事を知る

 映画ではヴィゴの演じる主人公ジョンが、認知症を発症した父ウィリスの引退後の住まいを探している。現在に過去の情景を織り込みつつ、保守的な父と繊細で進歩的な息子の、埋まらない溝のある、微妙な関係を描きながら認知症を考察する。

 作中で父ウィリスを演じるのは、ランス・ヘンリクセンだ。

「予算が取れたと思ったら話が流れて、ということを3度も繰り返した。その間、長い時間をかけて僕と父役のランスは親しくなり、脚本を二人であたためていった。完成に近づくほど、ランスこそが父役にふさわしいと確信した。彼が感動的な演技をしてくれると感じた」

 認知症の描写には腐心した。

「ウィリスの若いころや近年など、さまざまな過去を見せることで、彼の変化が見て取れる。年をとり、気難しくなった老人であるというだけでなく、過去に何が起こったかを知ることで、現在の彼を理解できるんだ。後悔、苛立ちや不安、それが彼を心理的、物理的に孤立させている。映画という媒体は、多くの異なる方法でそんな心理を描けるという点ですばらしい。さまざまなイメージ、色調、音の使い方、質感、シーンの長さ。すべての要素が、過去と現在がまじり合った認知症の患者の世界を描く上で役に立ったんだ」

■混乱しているのは僕ら

 他界した妻に話しかける父、自分の発言を否定する父、認知症のある人の典型的なふるまいに、衝突してしまう息子。認知症を持つ人の家族なら誰もが体験するシーンがある。

「可能な限り、認知症の人に対して間違っていると言ってはいけないと思った。誤りを指摘してはいけない、と。エゴを、彼に対する自分の要望を捨てることが大切だ。30年前に他界した人と食事をした、とその人が言っても、修正する必要はない。かえって混乱させることになるから。間違って火事を起こすようなことがなければ、修正は必要ないと思う。その人の言う事実や現実が間違っているとして、それを修正する必要があるのか? と自分に問いかけた。修正するのは、それは彼らのためではない、自分のためだよ」

 それは、ヴィゴ自身が自らの体験から学んだことだ。

「父はアメリカ永住者だったが、最後にはデンマーク語しか話さなくなった。突然、僕が知らない故郷の町のある駅に親戚を迎えに行ったという戦時中の話を昨日のことのように話したりした。10歳のころに戻ったんだ。認知症についての映画や演劇をいろいろ見たが、かなり僕の視点と異なる。認知症のある人の視点は混乱しているふうに描かれがちだ。僕は、混乱しているのは彼らではなく、僕らの方なんだと思う。認知症の人が感じることをありのままに受け止めることが大切だと思う」

(ライター・高野裕子)

※AERA 2021年11月22日号