AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。

出会って、好きになって、「この人とずっと一緒にいたい」と願う──そんな当たり前の幸せが奪われたのは、彼がスリランカ出身の外国人だったから。中島京子さんによる小説『やさしい猫』は、シングルマザーのミユキさんの一人娘・マヤの視点から、ミユキさんと8歳年下の青年クマさんの恋愛を入り口に、入管制度と難民社会、日本社会の矛盾など、大きな事件に見舞われた小さな家族を、温かく描いた長編小説。著者の中島さんに、同著にかける思いを聞いた。

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「小説の役割は、これまで聞かれてこなかった声を書くことだと思っています」

 と、中島京子さん(57)。『やさしい猫』は入管問題をテーマに、シングルマザーの「ミユキさん」と年下のスリランカ人の青年「クマさん」の関係を、高校生の娘・マヤの視点から描いた物語だ。映画化された直木賞受賞作『小さいおうち』や『長いお別れ』をはじめ、中島さんは現代の多様な家族のありかたを小説で描いてきた。

「ずっと家族の小説を書いてきて、21世紀の家族小説について考えたとき、国際結婚をとりあげるのは自然なことでした。これまでも小説に日本人しか登場しないのは不自然じゃないか──という気がして、外国人の登場人物を書くことは多かったんです。日常生活でも外国の方に会うし、姉もいとこも国際結婚をしていますから」

 ミユキさんとクマさんは東日本大震災の被災地でボランティアとして出会う。異なる文化を背景にした、恋の行方を読むうちに、読者は2人の幸せを見守るような、応援する気持ちになってくる。だが婚姻届を提出したクマさんは「不法残留」だと警察に逮捕され、東京入国管理局に強制収容されてしまう。

 ニュースで部分的に知っていた、入管のふるまいや複雑なシステムを、読者も物語を通して経験することになる。

「コロナがあって、『弱い立場の人たちの命は大切にされないかもしれない』『自分もいつ弱い立場になるかわからない』と思い知らされました。生きてきて初めての出来事です。小説を構想していた時期は、コロナのことなど考えもしなかったんですが、結果的に体調が悪くても病院へ行けない、入管に収容されたクマさんと、体調が悪くても自宅療養を強いられる人は、同じ立場ではないかと思いました」

 2020年の年明けから書き始めた本作は、5月から連載開始、終わったのは21年4月と、くしくもコロナ禍と執筆時期が重なった。作品には弁護士、元入管職員、通訳、それぞれの事情を抱えた在留外国人など、多様な人物が登場する。丁寧な取材のもと、人物の一人ひとりに血が通い、声が聞こえてくるのはひとえに中島さんの筆力だろう。小説で知る入管の対応、不条理な対応は衝撃的だ。

「まずはこうした現実を多くの人が知ること、そして忘れないことが大切」だと、中島さんは言う。

「社会的なテーマだからこそ、告発やスローガンではなく、ちゃんと小説として書こう、と思いました。読んでいるうちに登場人物のことを身近に感じられてくるのが物語の良さですよね。宇宙人の話でも遠い国の話でも、『これは私の友だちのことじゃないか』と思えてくるのが小説です。入管問題の印象が強い作品ですが、自分としては恋愛小説であり家族小説でもあり、マヤちゃんの成長物語でもあると思っています」

(ライター・矢内裕子)

※AERA 2021年11月22日号