最新エッセー『月夜の森の梟』が、圧倒的な共感を呼び、話題になった小池真理子さん。夫で作家の藤田宜永さんの病と死に向きあった。お二人と親しかった林真理子さんは、「魂ごとわかり合える」ご夫婦のあり方に、あらためて感激していました。小池さんと林さんの対談です。

【作家・小池真理子が語る夫の死 「小説で書いたことが起こってる」】より続く

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小池:私たち、子供もつくらずダブルインカムだったので経済的にそんなに困らないし、そろそろ仕事のペースを落として、彼が長くいたフランスに1カ月か2カ月滞在して、そこからヨーロッパをいろいろ回ろうという計画を立てていたんです。私も『死の島』が本になって出てしまえば、あとはゆっくりゆっくりやろうと思っていたので、すごく楽しみにしていたんですよ。

林:そうだったんですね。藤田さんって、基本的には寂しがり屋のお坊ちゃまだったんですよね。

小池:うん、本当にそうです。

林:ピアノを弾いてて、私が「ショパンとジョルジュ・サンドみたい」と言ったら笑ってたけど(笑)。

小池:軽井沢の家は、ピアノを弾くと、音が家中、筒抜けになるんですよ。私の書斎の真下がピアノを置いてある部屋なんですけど、私が仕事をしているときもお構いなしに弾き始めるような、そういう自分勝手なお坊ちゃまでした。私が怒ると「あ、悪い悪い」って言いながら弾き続ける。ある意味、伸び伸び育った人ではありました。

林:育ちのよい感じは、いたるところにありましたよね。

小池:だけど、彼いわく「支配的な母親に育てられなかったら、俺は作家になんかならずに、ずっと福井にいて小さな会社に勤めて、ふつうに結婚して子供をつくってたかもしれない」って。

林:そういうお母さまから逃げて、小池さんみたいな自立した女性と愛し合って、家庭を持ったのは運命だったのかもしれませんね。

小池:母親から逃げたくて、母親の代理を探してたんでしょうけれど、お母さんの役をやってくれる女性なんかいないじゃないですか。林さんも同じような世代だからわかると思うけど、70年代前後から女性の自立が提唱されて、男にツンケンしたもの言いをする女の子たちが増えてきましたよね。彼はそういうツンケンした女性たちを口説いてみて、うまく自分になびいたら自信がつくという流れで楽しんでいた時期があったみたい。

林:藤田さん、どこかで「恋愛経験は少ないほうではないと思うが、すべて小池真理子と出会うためのものだった」と言ってましたよ。

小池:アハハハ。たまに言ってましたね、そういうことを。あの世代の男には珍しく、言われると女性がポッと顔を赤らめて喜びそうなことを、照れずに平気で言えるところのある人でした。

林:でも、それは小池さんだけに言っていたんだと思いますよ。

小池:いやいや、ほかでも言ってたと思いますよ。けっこうほめ上手なので、銀座でもモテていたらしい。

林:まあ、そうなんですね。ところで軽井沢って、私も別荘があるからときどき行くんだけど、アウトレットなんかもあるでしょう。もちろん藤田さんの闘病中はそれどころじゃなかったでしょうけど、普段は軽井沢でお洋服たくさん買ったりしていたんですか?

小池:アウトレットではほとんど買いませんね。基本的に洋服は、東京に出てきたときに買っています。でも、ここ最近はコロナ禍だったし、その前には夫がずっと闘病していたので、洋服なんかぜんぜん買いに行く気分になれませんでしたよ。必要になったら、軽井沢の「しまむら」とかで買うくらい(笑)。

林:えっ、うそ。小池さん、わりとミニマリズムの生活だよね。

小池:林さんに比べたらね(笑)。

林:私、軽井沢でけっこうアウトレットに行くんだけど、このあいだ、わりと高い革のジャケットを買ったら、「お買い上げありがとうございました」ってメールが来たわけ。だけど、それまで買ったことさえ忘れていて、どこにあるのかもわかんない(笑)。

小池:どうしてそういうことが起こるんだろう(笑)。

林:ストレス発散で買い物するけど、それで気がすんで忘れちゃうわけ。よくないなあ、ってつくづく思いますよ。小池さんは、朝起きて、野鳥にヒマワリの種を……。

小池:エサ台に出しておくと、10種類ぐらい野鳥が来ますよ、冬は。

林:そのあと朝食をつくって。

小池:ブランチですけどね。自分でつくって、猫にごはんをやって……。

林:それから執筆に入るんでしょう? すごく清潔ですてきな暮らしですよね。

小池:もともと一人でそういう生活をしていたわけじゃなくて、そこに夫がいたわけです。夫がいなくなったあともそういう習慣をこわしちゃいけないと思って、渾身の努力をしてるんですよ。

林:ああ、そうなんですね。

小池:一人になったからずっと寝てようとか、食事もテイクアウトにしちゃおうとか、生活のリズムをこわして自分勝手にやってたら、私はこわれていくだろうなという予感があったんです。それが怖かったので、夫がいるときと同じ時間に起きて、だるくて体調がよくなくても、それなりにまともな食事をつくって食べる。それは、徹底して自分に課しています。

林:まったく同じ状態でまったく同じことをして、体と心が定点観測していないと、四季の移ろいと心の変化は書けないんですね。

小池:これまでの生活を変えて、私が気持ちのいい、楽な方向に生活の時間割をつくっていたら、確かにこのエッセーは書けなかったかもしれない。見てるものが違ってきちゃいますもんね。

林:そう思います。だからまたすごい傑作をお書きになるんじゃないかと思う。

小池:今のところはダラダラしてますよ。自分をちょっと甘やかしてる。やっぱり疲れました。病気の藤田に寄り添っていた1年と10カ月、そして死別のダメージが、去年よりも今のほうが来ているなと感じるんです。だからあんまり無理せず、ジタバタしないで書いていきたいなと思ってます。

林:この本を読むと、やっぱり夫婦っていいなと思う。最近は一人で生きることがカッコいいという風潮もあるけど、愛する人とめぐり合って、人生を共にするってこんなに尊いことなんだと再認識しましたよ。こんなにも自分を理解してくれて、魂ごとわかり合える人と出会えて、藤田さんはほんとに幸せな人だったなと思う。

小池:二人とも作家になりたくて、実際に作家になったという背景があるから、平均的な夫婦が交わす会話の100倍、千倍ぐらいの言葉を交わしてたと思うんです。だからケンカになったり、家を飛び出したりもしたけど、言葉をやりとりすればするほど、否が応でも相手のことを理解しちゃいますよね。ほとんどのことはわかってたつもりです、彼のことは。

林:この本が何よりもの手向けになりましたね。私も、夫をもっと大事にしないと……。今日は本当にありがとうございました。

(構成/本誌・直木詩帆 編集協力/一木俊雄)

小池真理子(こいけ・まりこ/1952年、東京都生まれ。成蹊大学文学部卒。出版社勤務を経て、78年にエッセー『知的悪女のすすめ』を発表。89年「妻の女友達」で日本推理作家協会賞、96年に『恋』で直木賞、98年に『欲望』で島清恋愛文学賞、2006年に『虹の彼方』で柴田錬三郎賞、12年『無花果の森』で芸術選奨文部科学大臣賞、13年『沈黙のひと』で吉川英治文学賞を受賞。近著に『死の島』『神よ憐れみたまえ』など。最新刊はエッセー『月夜の森の梟』。

※週刊朝日  2021年12月10日号より抜粋