金沢市で起きた交通死亡事故で、車を運転していた女に「早く行け」などと信号無視をそそのかしたとして、同乗者の男が自動車運転処罰法違反(危険運転致死教唆)で逮捕された。交通事故で「教唆」を適用するケースは珍しいというが、車の同乗者が運転手に“指示”を出すことは珍しくない。例えばタクシーに乗る際、「急いで」などと運転手に言った覚えのある人もいるだろう。一昔前では「前の車を追ってください」などのフレーズも再現ドラマなどではよく耳にした。ではその運転手が乱暴な運転をして事故を起こしたら、客の行為は「教唆」になり得るのか。ちょっとした疑問を専門家に聞いてみた。
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事故が起きたのは6月11日の朝。金沢市の県道交差点で青信号に従って走っていた自転車の男性(67)が、赤信号を無視した車にはねられ死亡した。
この事故で、警察は車を運転していた女(46)を自動車運転処罰法違反(危険運転致死)の疑いで逮捕。また、助手席に乗っていた男(30)について、「止まらなくていい」「早く行け」などと信号無視をそそのかしたとして、同法違反(危険運転致死教唆)容疑で逮捕した。男は容疑を否認しているという。女は男に運転手として雇われていたという。
危険運転致死教唆容疑での摘発は全国的にも珍しいというが、交通事故に詳しい高山俊吉弁護士(高山法律事務所)もこう驚く。
「この事件はさらに特異なところがあると感じます」
高山弁護士が着目する点は2つ。
「一つ目は、同乗者や乗客に信号無視をそそのかされたとしても、運転者は普通は実行しません。実際、タクシー運転手は酔客などから乱暴な言葉で急がされる例が多くありますが、聞き流しますので、乗客の暴言で終わります。この事件は、運転者が同乗者の言葉に従ってしまったところが普通ではありません」
同乗者が何を言おうと、一歩間違えば車が凶器になることは誰もが知っている。確かに、無視するのが普通の対応だろう。
高山弁護士によると、教唆とは「故意の犯罪」が実行された時に成立する。過失による犯罪には成立せず、故意の犯罪でも実行に至らなかった場合は、教唆罪は成立しないと考えるのが普通だという。
今回の事故で警察は、運転者の女が、ことさら赤信号を無視して高速で走行したとして、危険運転致死を適用したものとみられる。
「指示に従った運転者の信号無視を、警察は『危険運転の故意』によるものと判断し、同乗者に教唆が成立すると判断した点が珍しいと思います」
ただ、事件自体は珍しいとしても、似たような行為に心当たりがある人はいるのではないだろうか。
例えばタクシーに乗った際、目的地へ急がねばならず、運転手に「急いで」などとお願いしたことはないだろうか。「前の車を追ってください」もそうだが、かつてはテレビドラマでもそうしたシーンがよくあった気がする。
酔客などで、タクシー運転手に乱暴な態度をとる客もいる。
都内の50代の運転手は、
「もっとスピード出せよ、という趣旨の要求を受けることはありますよね。交差点に差し掛かる際、信号が黄色に変わったので停止しようと減速したところ、『行けって!』と大声で叱られたこともありました」と話す。
同乗者が運転手に“圧力”をかけた結果、事故が起きてしまった場合、同乗者の責任はどうなるのか。私たちはうっかり「教唆の予備軍」になってしまってはいないか。
高山弁護士によると、教唆とは、発した言葉の内容や態度はどうであれ、「実行者に犯罪を実行する決意を生じさせること」で成立するという。
高山弁護士は、
「『急いで』と運転手に頼んだ後、無謀な運転をして事故を起こしたとしても、その言葉によって『犯罪を実行する決意を生じさせた』と認定されるかと言えば、その判断は容易ではありません。ただ、状況によっては教唆が成立する可能性はあります。今はドライブレコーダーが普及していますから、そこに記録された内容が重要は判断材料になるでしょう」
さらに、こうくぎをさす。
「タクシー運転手が、乗客からむちゃな要求や乱暴な命令を受ける事例はかなり多いです。無視するのが常識になっているために、事故が起きずに済んでいるとも言えます。今回の事件のように、運転手が要求に従ってしまい事故が起きたりすれば、無法の行動を要求した側にも法的責任が生じる場合があるということは理解してほしいと思います」
そそのかしたことが事実であればだが、逮捕された男も、運転者がまさか本当に信号無視をするとは思っていなかったのかもしれない。車は一瞬で凶器に変わることを改めて胸に刻みたい。(AERA dot.編集部・國府田英之)