ゲルハルト・リヒターは、現代アートに関心がある人なら誰もがその名を知る巨匠だ。90歳を迎えた今年、日本の美術館では16年ぶりの個展が開かれている。リヒターを敬愛し、展覧会の音声ガイドも担当した鈴木京香さんと会場を巡った。AERA 2022年7月18−25日合併号から。

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「世界でもここまでたくさんのリヒターの作品を一度に見られる機会はそうそうありませんから。本当に幸せ」

 皇居そばの東京国立近代美術館の展示室で、「現代最高の画家」とも称される巨匠の約120点の作品と対峙した鈴木京香さんはそうつぶやいた。感嘆のため息や思わずほころぶ口元が、その言葉が本心から出ていることを証明している。音声ガイドの収録では、「皆さまにフラットな感覚で作品を見ていただけるように」と抑制的な語りで臨んでいた鈴木さんだったが、いざ実物を目にすると、感情の高ぶりは止められなかったようだ。

 雑誌や家族アルバムの写真を精巧に描き写したうえで画面をぬぐってわざとピンぼけしたようにする「フォト・ペインティング」から、色彩あふれる「アブストラクト・ペインティング」と呼ばれる抽象画、昨年描いたばかりの新作ドローイングまで、多彩な作品がショーケースのように並ぶ。鈴木さんは心の赴くままに展示室を見て回った。

 リヒターは、固定観念、記憶、歴史、意味づけをしたいという欲望などが複雑に絡み合う「見るという行為」の複雑さと向き合い続けてきた作家だ。写真や映像の存在感が高まってきた時代に、絵画に何ができるのかも問い直してきた。絵画、写真、ガラス、鏡など技法と扱う素材を次々と変えながら表現すること60年。切り詰められた造形とその裏にある哲学的な深みの落差が、多くの批評家をとりこにし、世界的な評価を得た。箱根のポーラ美術館が一昨年、香港のオークションで約30億円で落札するなどマーケットの注目も熱い。

 20代のドイツ旅行で「蝋燭(ろうそく)」という静物画を見て以来、リヒターにほれこみ、世界中の美術館で作品を見てきた鈴木さんは見巧者(みごうしゃ)だった。

■リヒター本人の意向

 たとえば会場で人気の作品の一つで、撮影する人が後をたたない「8枚のガラス」。見る人自身や周りの景色が乱反射し、現実の見え方が一様ではないことを示唆しているとも言われる。作品を見て、「狭い会場だとなかなか設置が難しい作品なんですよね。今回の展覧会では、映り込みまでしっかり計算されているようで本当にきれい」と語ったが、事実、今回の展示プランにはリヒター本人の意向も強く反映されていたのだった。

 鈴木さんがドイツで目にした「蝋燭」は本展には出品されていないものの、同じように写真をソフトフォーカス風に描き写す技法を使った静物画や風景画が来日している。

「単に静物や風景を写実的に描いていると思われるかもしれないけど、それだけじゃないんですよね」

 そんな考察のあと、鈴木さんは続けた。

「リヒターは内なるパッションをぶつけたいとか、創作によって自分を浄化したいとかいった動機からではなく、普遍的な美術の原理のようなものをずっと探っている方なんだと改めて思いました。彼なりのセオリーをきちっと守りながら、いろいろな形で表現している。そこに限りない知性を感じるんですけど、かといって押しつけがましくもなく、自由に見させてくれるスケールの大きさもある。やっぱりすごい芸術家です」

■ビルケナウを前に

 展示には、ドイツ出身のリヒターが、ナチスによるユダヤ人虐殺というテーマと向き合った重要作「ビルケナウ」の連作を並べた部屋がある。これまでも悲惨な殺人事件やドイツ赤軍メンバーの死、米国の9.11のテロなどを作品化するなど、時に議論も引き起こしてきたリヒターだが、ホロコーストの作品化はひときわ重い。くしくもビルケナウの日本初公開は、ロシアによるウクライナ侵攻のタイミングとも重なり、暗示的な状況にもなっている。

 アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所での隠し撮り写真を描き写したうえで、幾重にも絵の具で塗り込めていった油彩と、それを撮影した同サイズの写真、そして巨大な灰色の鏡とが並ぶ空間は、とりわけ鈴木さんの足を長く引き留めた。

 そばで控えていたキュレーション担当の桝田倫広・主任研究員にこう尋ねた。

「同じ大きさの写真と絵画が並んでいるのにはどんな意味があるのでしょうか」

 桝田さんが、「キャリアの初期から絵画と写真の双方で作品を制作しているリヒターの集大成という面もあるかもしれない。絵画と写真で同じイメージをいったりきたりしながら、私たちがその中に取り込まれているような感じにもなりますよね」と答えると、鈴木さんは「なるほど、この迫ってくる感じは意図された展示方法でもあるわけですね」と深く首肯するのだった。

 油絵が趣味だった父親の影響で、鈴木さんは子どもの頃からアートが好きだった。

■30歳でコレクターに

 一歩踏み込んで、初めて本格的な作品を買ったのは30歳の時だ。パウル・クレーの作品で、「オークションで落札した時は、家中跳び回って喜んだ」。

 そこからいくつかの作品を購入し、リヒターの作品は40代で手に入れたという。鮮やかな色彩の縞模様が視覚を惑わす「ストリップ」のシリーズや、抽象画の「アブストラクト・ペインティング」のシリーズ。展覧会場では両シリーズの大型作品が並んでいるが、鈴木さんはその小ぶりな作品を所蔵しているという。

 コレクターという立場になって、作品や作家に対する知識がより深まるのと同時に、観察眼も磨かれていった。

「住まいの限られたスペースに作品を招き入れようとする時には、自分なりに一生懸命調べますし、そうして家に招き入れた後は作品を眺めるたびに、細かい部分の良さに気づいたり、より自分の好みがはっきりしたりすると思います」

 最近のインタビューでは、建築家の吉阪隆正が1957年に手がけた住宅「ヴィラ・クゥクゥ」を継承したことも明かすなど、自身が所有する作品について公表し始めた。

■門番のような感覚

「私にとってコレクターという立場は、なるべくきれいな形で作品を次の世代の人たちに見てもらうための門番をしているような感覚です。美術館に収まる大作がある一方で、自分がいいと信じた作品を子どもたちなどに見てもらいたいと、コレクションをつないでいくこともすてきだなと思います。アートが身近になって、私自身がとてもいい時間を過ごさせてもらっているから、コレクターになるなんて思ってもみなかった人に対して、『自分も好きな作品を集めて大切にしてみようか』と思ってもらえるきっかけになるなら、発信する意味があるのかなと考えるようになったんです」

 だが、コレクションは、それ自体が目的ではなく、鑑賞が好きという気持ちが変わらない原点であるという。鈴木さんは、取材の予定時刻が過ぎた後も、担当キュレーターに熱心に質問し、至高のアートと向き合った大切な時間をいとおしんでいた。「ああ、目が幸せ」と。(朝日新聞社・木村尚貴)

※AERA 2022年7月18−25日合併号