日本から離れても注目され批判を受け続ける小室圭さん、眞子さん夫妻。皇族へのバッシング問題について考察する。AERA 2022年8月8日号の記事を紹介する。

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 思えば、小室圭さんの登場以前から秋篠宮家へのバッシングは始まっていた。私の知る限り、端緒は「秋篠宮家『紀子妃殿下』氷のごときミーティング」(「週刊新潮」2011年8月11・18日号)だ。これ以前、皇族へのバッシングといえば、病から公務を休みがちな雅子さまへのものだった。だから当初は目先を変えただけのように見えたが、徐々に矛先は秋篠宮家に絞られた。

 その源流は、やはり06年の悠仁さま誕生だろう。「長男ではない」秋篠宮さまの家で、「皇太子妃ではない」紀子さまが男子を産んだ。「じゃない×じゃない=叩いてよし」だ。

 そうとらえると、眞子さんの結婚にあたっての記者会見がまた違って見える。眞子さんは、こう述べた。

<婚約に関する報道が出て以降、圭さんが独断で動いたことはありません。(略)圭さんの留学については、圭さんが将来計画していた留学を前倒しして、海外に拠点を作って欲しいと私がお願いしました>

■抜けられないループ

 聞いた当初、圭さんをかばっての発言だと思った。だが、それだけではないと今は思う。秋篠宮家に生まれ、圭さんと出会った眞子さんだから「海外」を拠点としたかった。「じゃない」の枠組みから抜けるために──そんなふうに想像している。

 もちろん「じゃない」は当方の認識だ。が、眞子さんは、日本にいてはバッシングのループから抜けられないと、ある時から確信したのだと思う。それこそが、「じゃない」の箱に入ってしまったつらさ。そして、そのつらさは眞子さんだけのものではない。そうも感じている。

 気づいたら「勝ちか負けか」の社会になっていた。勝つのがえらく、負けたら自己責任。そういう価値観が当たり前になり、同時に「勝ち=オールオッケー」となった。「勝ち=権威」が絶対化し、それへの批判がタブー視される。一方で「攻撃してよし」となった人へのブレーキが利かない。利かせなくてよし、となっている。そこに秋篠宮家があり、圭さんがいる。

 そしてもう一つ、眞子さんの「海外への拠点」を思う時、「女性」とは何だろうという命題に行きついてしまう。

 皇室典範は「男系男子」で皇位を継承すると定めている。そして女性皇族については、「天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる」という記述があるだけだ。女性=男性じゃない。それが明文化されているのが皇室。何度となく書いてきたことだ。

 皇室の外はどうかといえば、7月13日に発表された男女平等ランキングで日本は116位だった。主要先進国で最下位。安倍晋三元首相が成長戦略「3本の矢」の目玉として「女性活躍」を打ち出したのが13年。平等達成率を見ると、13年は65.0%。22年も65.0%。

「女性活躍」は建前なんだと、数字がはっきり示している。うーん、つらい。

 皇室の中も外も、女性はなんてつらいんだー。そう叫びたくなる夏。安倍元首相の国葬が、瞬く間に決定した夏。(コラムニスト・矢部万紀子)

※AERA 2022年8月8日号より抜粋

>>【前編を読む】小室圭さん、眞子さん夫婦は「叩いてもいい人」? 時代のキーワードでもある「じゃない」とは