今年、結党100周年を迎えた日本共産党のことを、どれほどの人が正しく理解しているのだろうか。AERA 2022年8月8日号は、『日本共産党の100年』を上梓したばかりの作家で元外交官の佐藤優さんに聞いた──。

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──日本共産党を追った『日本共産党の100年』(朝日新聞出版)を執筆されました。

 私は『池田大作研究 世界宗教への道を追う』(同)を2020年に出版しました。公明党と日本共産党は表と裏なんです。同じような有権者のマーケットを取り合っていますし、政策的にもかなり似ています。今、日本では価値観をきちんと持った政党は、公明党と日本共産党だけですから、私が創価学会を扱ったということは、同時に日本共産党についても扱わないといけないわけです。自公政権ではあるけれども、政策的には公明党の影響力は議席数をはるかに超えています。そういうことからも、もう一つの裏テーマである日本共産党をしっかりと見なければいけませんでした。

 直接の契機は、一昨年の日本学術会議問題です。私が「文藝春秋」に寄稿した際、日本共産党は通常の取材ではなく、彼らのネットワークを使って(党の機関紙)「しんぶん赤旗」で、私を名指しして攻撃しました。このことによって、この党の体質は昔も今も変わってないという認識が強くなりました。

 野党共闘など、日本共産党の動きは活発です。改めてどんな思想を持った党なのか体系的に書いておきたかったのです。

 考察は党の文献を中心に読み解いていきました。現在の党の立場を最も反映している『日本共産党の八十年』を基本に据え、大きな書き換えがあったり削除されていたりする事柄は『六十年』、場合によっては『七十年』を用いました。比べてみると、『六十年』は分厚いのに『八十年』は薄くなっています。

■歴史を上書きする体質

 理由があります。現在、武力革命路線を示した1951年綱領については一部が作った文章だと言っていますが、さかのぼると共産党の資料集にも入っているわけです。そういうものを絶版にして歴史を全部上書きしていく、この体質がずっと続いているのです。

 例えば、100周年を迎えた「しんぶん赤旗」の記事でも、コミンテルン(共産主義インターナショナル)の日本支部として出発した日本共産党の話は出てきません。しかし、『八十年』までは出てくるんです。今年出版された志位和夫委員長の『新・綱領教室』(上・下巻)でもコミンテルンの文字が消えています。出自自体を変えてしまっているんです。非常に問題だと思うから、世の中に知らせないといけないと思ったのです。

──近年の日本共産党のソフト路線はリベラル層を中心に注目を集めましたが、7月の参院選では票を伸ばせませんでした。

 今の時点では、一定の警戒感が国民の中にあると思うんです。本来リベラルと共産主義は相いれないものでしたが、リベラルの一部が日本共産党の中身をよく分からないで同調しています。また、日本共産党もそれを統一戦線戦術策に使います。ここのところが危ういんです。社会主義革命、共産主義革命の船に乗るんですか、その船に乗ってどこに行こうとしているんですか、ということです。

■ぜひ読み比べて判断を

 リベラルが細ってしまったことが一番の問題だと思います。要因の一つは、岸田(文雄)首相が所属する宏池会です。宏池会にはリベラルな要素があります。リベラルは、経済においてはネオリベと非常に近くなっています。

 政治におけるリベラルな人と経済におけるリベラルな人というのは本来、だいぶ違っているのです。経済におけるリベラルな人は、どちらかというと既存の体制、新自由主義的な経済政策に伴う小さな政府という考えですから。でも、伝統的なリベラルと社会民主主義的な考え方は自公の枠の中で吸収できるので、今の政権はリベラルとして独自の立ち位置に立つわけです。

 日本共産党について言えば、共産党というメニューが政治の世界に出てきたときに、そのメニュー、成分はどういうものなのか、どういう手順で作られているかということを理解した上で、投票するかしないかを決めたらいいと思います。

 本の「あとがき」でも書きましたが、党の現在の一番の規範となっている『新・綱領教室』には、私とは違う観点や主張も盛り込まれています。ぜひ読み比べて、良識で判断してほしいと思います。

(構成/編集部・三島恵美子)

※AERA 2022年8月8日号より抜粋