150人以上が圧死した韓国ソウル・梨泰院(イテウォン)の大事故。狭い路地に人が殺到し、次々と覆いかぶさるように転倒する「群衆雪崩」が起きたと見られている。日本でもイベントなどで多くの人が集まる場所はある。さらには、満員電車といった日常的に人が密集する状況もある。今回の梨泰院と同じような事故が起きるリスクはないのか。専門家に聞いた。

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 10月31日、東京・渋谷にはハロウィーンを楽しむ多くの人が集まっていた。梨泰院の事故後だけにメディアも注目し、スクランブル交差点やセンター街の「群衆」の様子などをテレビやネットなどで流したり、発信したりしていた。

 しかし、そうした不安はよそに、大きな事故が報じられることはなかった。

 毎年、人であふれかえる渋谷のハロウィーンだが、梨泰院と同じような事故が起こる可能性はあるのだろうか。

 群衆事故に詳しい大阪工業大の吉村英祐特任教授は「安全とは言わないが、群衆雪崩が起きるような状況ではない」と見る。

 渋谷といえば、その名の通り谷にある街で、渋谷駅は谷底に位置している。坂道も多く、「スペイン坂」の狭い場所などは、梨泰院を想起させる。

 吉村特任教授はこう説明する。

「渋谷のハロウィーンでは、警察がかなり厳重に警備計画を立てており、事故を防げています。また、渋谷の映像を見る限り、人は多いですが、『群衆雪崩』が起きるほどの多さではない。まだ余裕があるように見えます。スペイン坂も、梨泰院と比べたら道幅が広く、横に逃げ道もある。スクランブル交差点もいざとなれば、車道に逃れることができます」

 まだ余裕があったとしても、突如としてリスクが高まるケースもあるようだ。関西大の川口寿裕教授(群集安全学)はこう指摘する。

「突然、火事が起こったり、刃物を持った不審者が表れたりするなどして、多くの人がパニックになって走り出すようなことが起きると、群衆事故につながる危険性があります」

 警備態勢が整った状態で、突然の事件事故などの特殊要因がなければ、あれだけ人が多い渋谷でも、梨泰院のような大惨事にはつながりにくい、ということだろう。

 では、ハロウィーンイベント以外で、群衆事故のリスクがあるのはどんな状況だろうか。

 梨泰院での事故後、SNSでは<満員電車も危険>といった投稿であふれていた。

 たしかに、イベントではなく、より日常での“群衆”といえば、満員電車が思い浮かぶ。

 満員電車で体調不良になったり、ひどいときは骨折など負傷したりする事例は聞く。

 過去の例だと、死亡事故も起きている。1945年に山手線で母親の背中に背負われていた0歳児が満員電車で圧死、47年にも大阪で、砂川発天王寺行きの満員電車で12人が意識不明となり、1人が死亡している。

 満員電車の“危険度”について、大阪工業大の吉村英祐特任教授は、
「一車両にいる全員が死傷するというようなことはないが、局所的に危険な状態になることはある」と指摘する。

 鉄道各社の取り組みや、コロナ禍の影響により、かつてと比べて混雑状況は改善している状況はあるが、事故などの影響で乗客が過度に集中することはある。また、駅の階段付近の車両やドア付近など、人がより密集する場所はある。

 吉村特任教授によると、すし詰め状態の車両でも1平方メートルあたり13人程度の混み具合だと見る。そのとき、1人当たりにかかる圧力は50キロ程度だ。しかし、カーブなどでは、ドア付近では一時的にかなりの圧力がかかることもある。吉村特任教授はこう説明する。

「最大で5〜10人程度に1人当たり120キロ程度の圧力がかかっている可能性があります。これは呼吸ができなくなるほどの力で、この状態が長時間続けば気を失うこともあり得ます。背が低い女性や子ども、体の弱いお年寄りは命を落とすリスクも出てきます。また、ドアが開き、降りる際に転倒でもすれば、群集雪崩のような現象が発生するリスクもあります」

 ちなみに、梨泰院のケースでは、1平方メートルあたり16人程度の密集具合だったと吉村特任教授は見る。この密度になると、紙のA4サイズに一人の人間が押し込められている状況だ。1人当たりの圧力は220キロにも達する。もしこの状況が満員電車で起こると、電車の窓ガラスが割れるほどだという。

 年末年始のイベントも、今後の懸念の一つだ。日本でも初詣で100人以上が死亡した場所がある。

 パワースポットとしても知られる新潟県の弥彦神社(弥彦村)は、毎年のように県内一の参拝客数を誇る。この神社で1956年の元旦に死者124人、負傷者94人という大事故が起きている。参拝に向かう人と、帰ろうとする人の波が石段付近で膠着(こうちゃく)状態になり、将棋倒しになったと見られている。

 大みそかのカウントダウンイベントもリスクがある。14年に上海ではカウントダウンイベントで将棋倒しが起き、30人以上が死亡した。川口教授は「お酒も入り、気分が乗るし、興奮しやすい状況がある」と指摘する。

 事故に巻き込まれないためにはどうしたらいいのだろうか。

 吉村特任教授は、1平方メートルあたり5人で危険と判断すべきだと指摘するが、これは「エレベーターの定員が一つの目安」という。つまり、エレベーターで人が乗りすぎてブザーが鳴る程度の密集具合だ。

「この状況ならまだその場から逃れることができますが、これ以上多くなると、人の流れに逆らうのは困難になります」(吉村特任教授)

 梨泰院のケースも、事故の前には、すでに流れから逃れようとしても不可能な状況になっていたとの専門家のコメントも報道されている。

 川口教授は「中心部は危険なほど密集していても、少し離れると危険に見えないので注意が必要です」と指摘する。

「人ごみの入り口はリスクがなさそうでも、先がぎっちりしているようであれば、近づかない。外から見て大丈夫でも、中は危険な状況になっていることがあることを教訓として知っておいたほうがいい」(川口教授)

(AERA dot.編集部・吉崎洋夫)