演歌といえば「昭和」。そんなイメージはもう古いのかもしれない。近年、時代の変化に巧みに適応し、新たなファン層を獲得する歌い手が次々に出現しているのだ。“一強”氷川きよしの活動休止で戦国時代を迎える令和の演歌界を探った。

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「ここ数年の男性演歌界は、氷川きよしという一強の大横綱が引っ張ってきたのは間違いありません」

 音楽評論家で尚美学園大学副学長の富澤一誠さんはこう語る。

 ところが、そんな構図にいま、激変が訪れようとしている。「大横綱」氷川きよしは、年末の紅白歌合戦への特別枠での参加を最後に歌手活動を休止することが決まっている。2022年までに北島三郎、五木ひろしという2人の大御所が相次いで「紅白引退」を表明したこともあり、紅白の中での演歌の存在感は落ちる一方との声も聞こえてくる。時の流れには逆らえず、古き良き演歌の時代は終わってしまうのだろうか。

 だが、そんな心配は杞憂に終わりそうだ。演歌界にはこれまでと違う新たなムーブメントが生まれ、燃え広がる炎のように着々と影響力を拡大しつつあるのだ。 

 演歌・歌謡曲を中心としたCDやグッズなどを展開し根強い人気を誇る東京・浅草の老舗レコード店・ヨーロー堂。店頭には名だたる有名演歌歌手の直筆メッセージ入りポスターや看板が所狭しと並び、シーンの充実ぶりが実感できる。

 4代目店主の松永好司さんによると、近年はやはり氷川きよしが別格の存在である一方、「第2のきよし」を求める流れもみられたという。

「氷川さんのような“王子様”路線を継承する山内惠介さん、正統派・三山ひろしさん、民謡の流れをくむ福田こうへいさん、そしてムードコーラス路線の純烈さんの人気が高く、さながら“四天王”と言える状況です」

 氷川きよしが横綱なら、四天王はさながら大関クラス。今後はその中から、新たな大横綱が出現する可能性は十分にある。また、四天王に続く存在として、新世代の歌い手たちも台頭しつつある。前出の富澤さんが語る。

「氷川きよしが作った華やかでにぎやかなイメージの延長線上に、次の世代の若手イケメン歌手が続々と登場し、存在感を示し始めています。『演歌第7世代』と呼ばれる辰巳ゆうと、真田ナオキ、新浜レオンらです」

 市場の状況も、数年前と比べると激変している。ヨーロー堂でも、CDの売れ方に近年大きな変化がみられるという。

「コロナ禍の直撃で、いわゆるカラオケ需要が激減しました」(松永さん)

 コロナ禍で複数の人が集まってカラオケを披露する機会が減ると、カラオケの持ち歌として練習するためにCDを購入する機会も減ってしまうというわけだ。

「誰よりも早く新曲を手に入れて覚えて歌いたいという方も多かったのですが、ずいぶん減ってしまいました」(同)

 その一方で、サイン会やCDのお渡し会といった、人気歌手に「会える」イベントは活況を呈している。ヨーロー堂の店舗2階には歌手がステージを披露できるスペースがあり、さまざまな歌手がイベントを開催してファンを生歌で魅了している。

「女性ファンの熱量はやっぱりすごいですね。熱心にイベントに通われる方は多いです」(同)

 群雄割拠の中、今やルックスや歌唱力だけでスターになるのは難しい。三山ひろしのけん玉や、純烈の「スーパー銭湯アイドル」といった強い“キャラ付け”を加えた売り出し方が主流になりつつある。そうした流れの仕掛け人でもあるのが、日本クラウン宣伝部の吉野琢庸さんだ。

「氷川さん、さらに上の大御所の方々は地に足をつけた売れ方をしていた。正統派が並ぶ中、何か新しい方法で仕掛けようと思い、『ギターソロがあるんだから、けん玉ソロがあってもいいんじゃない?』と、三山の趣味・特技のけん玉を生かし、歌いながらけん玉をやる“けん玉演歌歌手”として売り出しました」

■ド演歌ではない耳なじみ良い曲

 ハチャメチャな発想にも思えるが、その三山も今や紅白の常連で、22年末で出場は8回目。しっかりした実力にキャラ付けを加えることで幅広い注目を集められることを証明したと言えるだろう。今回で5回目の紅白出場を勝ち取った純烈も、そうした成功例の一つだ。

「元戦隊もの出身の中年アイドルがスーパー銭湯で活動していたことに着目、“スーパー銭湯アイドル”というキャッチがメディアで取り上げられたことで話題につながりました。演歌の世界はみんな、歌がうまくて当たり前。そこにキャラクター性がある人が出てくることで、従来のファン層以外にも広がっていく。そういう売り出し方も求められています」(吉野さん)

 吉野さんが現在売り出し中の二見颯一も、絵のうまさを生かし、絵を描きながら歌う「デッサン演歌」歌手として、テレビのバラエティー番組などで注目を集めている。

 もちろん“キャラ”だけなく、曲調にも流行の変化はみられる。前出の富澤さんは、「昔ながらの、いわゆる“ド演歌”ではないものが主流です」と言い、こう解説する。

「私は『エイジフリーミュージック』と呼んでいるのですが、ド演歌とJ−POPの要素を併せ持ちながら、どちらともまた違う新しい歌謡曲が生まれ、世代を問わず響くようになってきています。ド演歌にも抵抗があり、かつボカロ曲などの最新のJ−POPやヒップホップにもついていけない層にとって、耳なじみの良い曲調のもの。それらに触れることで、あ、演歌もけっこういいなと好きになっていくということはあると思います」

 富澤さんが考える「エイジフリーミュージック」の理想形の一つが、坂本冬美のヒット曲「また君に恋してる」だ。

「フォークシンガーを代表するビリー・バンバンの曲を、女性演歌の代表である坂本冬美が歌い、CMや歌番組で多くの層に人気を得ました。こういったヒット曲がどんどん出てくることが一番ですね」

 ところで、変わってきたのは歌う側だけではない。演歌・歌謡曲のファン層にも、近年大きな変化がみられるという。

■高い年齢層でも最新ツール利用

 演歌・歌謡曲を中心にした選曲で深夜3時から生放送されていたラジオ番組「走れ!歌謡曲」(文化放送)は、21年3月に惜しまれながら終了した。現在、同じ枠でそのDNAを継ぐかたちで放送されているのが「ヴァイナル・ミュージック〜for. EK〜大人の歌謡クラブ」だ。新旧両番組でパーソナリティーをつとめるフリーアナウンサーの小林奈々絵さんはこう語る。

「現在の番組がスタートした際、リスナーの方から『待ってました!』という声が多く寄せられ、演歌・歌謡曲の人気の根強さを実感しました。ゲストの歌手のみなさんにも感謝され、今の世の中にも演歌・歌謡曲は求められているという確かな手ごたえがあります」

 番組をきっかけに、若い世代のリスナーから「こんなに良い曲があったんだ」という発見の声も寄せられるという。

「番組のコンセプトのひとつがまさに、若い世代にも演歌・歌謡曲の良さを知ってもらいたいということ。触れるきっかけがあれば響くんだな、と感じています。演歌・歌謡曲の持つメロディーには、きっと日本人が生まれながらに持っている情緒のようなものが流れているのでしょう。そこに響くような番組づくり、選曲で届けることが、私たちラジオのパーソナリティーの使命でもあると思っています」

 前出のヨーロー堂のイベントにも、20〜30代の熱いファンの女性が姿を見せるなど、以前よりも若い層に人気が拡大していることが見てとれるという。前出の吉野さんが手がける歌手たちも、CDにボイスダウンロードができる特典をつけるなど、若い世代を意識したサービスを提供している。

 こうなると、従来の高い年齢層の演歌・歌謡曲ファンが順応できるのかが心配になってくるが、前出の小林さんは、番組やイベントなどでの経験からこう語る。

「そこは、みなさん、時代についていくんです。たとえばツイキャスやインスタライブなどの最新のツールも、好きな歌手が配信していると、勉強して使い方を覚え、楽しまれています。イベントで歌手と触れ合う時のうれしそうな様子を見ると、みなさん、10代、20代の心に戻るんだな、と思います」

 演歌第7世代の新浜レオンが歌ったテレビアニメ「名探偵コナン 犯人の犯沢さん」の主題歌がTikTokなどの「踊ってみた」動画で人気を集めるなど、すでに従来の演歌の枠を超えた楽しまれ方が広まりつつある。

 こうした変化に、昔ながらの演歌がなくなってしまうのか、と寂しさを覚える人もいるかもしれない。だが、そもそも私たちのイメージする演歌は、1960年代に古賀政男が作り上げた「古賀メロディー」などの流れをくむと言われ、村田英雄や三橋美智也、春日八郎、三波春夫、そして美空ひばりといった人気歌手の活躍により国民に愛されるようになった経緯がある。これら昭和中期の演歌も「流行歌」の中のひとつのジャンルだったと考えると、時代に合わせた新しい演歌のスタイルが誕生するのもごく自然なことに思えてくる。

 23年以後の演歌界には、はたしてどんな変化が起きていくのだろうか。(本誌・太田サトル)

※週刊朝日  2023年1月6−13日合併号