「驚いたのは、『物価の高騰』という言葉が、入っていた点でした。まさに『家庭天皇』です」
そう話すのは、象徴天皇制を研究する名古屋大の河西秀哉准教授だ。
2023(令和5)年の元日、天皇陛下の新年のご感想が発表された。誕生日や海外訪問時の会見とは違い、新年のご感想は短く簡潔だ。
今年のご感想で天皇陛下は、昨年の地震や台風、大雪などの自然災害と新型コロナウイルス、そして沖縄の本土復帰50年や世界各地の戦争に言及。天皇はこれまで、前年に国内外で起こった災害や感染症、戦争といった生死に関わる事象を振り返り、被害を受けた人や命を落とした人に寄り添ってきた。
今年はそのなかに、「物価の高騰なども加わり、皆さんには、御苦労も多かったことと思います」とあった。家庭で会話にのぼるような表現を加えた点に河西さんは驚いたのだ。
平成の天皇の新年のご感想でも、「厳しい経済情勢の下で、多くの人々がさまざまな困難に直面し」(10年)という表現はよく使われた。
14年の新年のご感想では、「雪の深くなる季節、屋根の雪下ろしの事故には十分に気を付けてください」と、お人柄を感じさせる表現もあった。
一方で令和の天皇が用いた「物価の高騰」という言葉。これは、テレビのニュースを見ながら囲んだ食卓で会話にのぼりそうなニュアンスがある。実際、この表現に驚いた皇室の専門家は、少なくなかった。
「令和の天皇陛下は、具体的な生活に踏み込んだ言葉を意識して用いていますね。お言葉に限らず、コロナ禍に配慮して女性皇族は宮中行事でティアラをつけないといった行動もしかり。令和の天皇と皇室は、より人びとの生活に近い、身近な存在だと感じさせるムードがあります。そうした意味から令和の徳仁天皇は、『家庭天皇』である、と感じるのです」
加えて河西さんが興味深いと感じるのは、令和の天皇が「御苦労も多かったことと思います」と敬語を用いる場面だ。国民に寄り添い、歩んできた平成の天皇の「苦労も多かったことと察しています」(10、14年)と比べると変化がわかりやすい。
「どちらが良い、という話ではありません。より家庭で話題にのぼるような事象や言葉、そして人びとに敬語表現を用いる。それも令和流といえます」(河西さん)
さらに令和の皇室の人間味を感じさせたのは、21年と22年に発表された天皇、皇后両陛下による「新年ビデオメッセージ」だ。
コロナ禍で一般参賀が中止となったため、動画による両陛下のメッセージを元日に公表したものだ。両陛下の声と表情を感じることのできる動画は「ぜひ続けてほしかった」と河西さんは話す。
一般的に皇后が記者会見に臨む場面は少なく、海外訪問など限られた場面だ。ビデオメッセージでは、普段は耳にする機会の少ない皇后雅子さまの声も収められている。
「とくにほほえましいのは、令和3年のビデオです。雅子さまは、緊張した表情でメッセージを読み上げていらっしゃる。よく見ると隣の陛下が、同時に口を小さく開いて何かを話しているのです。おそらく、雅子さまの原稿部分を一緒に読みあげているのでしょう。妻である皇后を『頑張れ』と励ましているかのようでした。支え合うご夫妻の温かな雰囲気が伝わるようで、好感が持てました」
皇室も国民も「完璧」でなくともいい――。そんなメッセージにも感じる。
一方で、専門家のなかでも「残念であった」との声が多いのが、3年ぶりに復活した一般参賀だ。今年は、新年も2月の天皇誕生日も事前申し込みによる抽選制度となった。
今年は、新年の一般参賀に愛子さまが初めて出席。水色のドレスに身をつつみ笑顔でお手振りをする姿は、見ている人の気持ちを明るくする。世間は、新年の祝賀ムードにわいた。
一方で、午前10時から6回分で入場が許可されたのは9千人余り。応募者は、10万2千人を超え、11倍の高倍率であった。
当時、実際に参加したのは7312人。5回で約6万8700人が集まった前回(20年)と比べると約6万1千人も減った。
2月の天皇誕生日は3回制で各回1500人だ。入場者には感染対策として検温や手指の消毒、そして1メートル以上の距離を取ったうえで歓声を控えるよう求められる。
「第8波への警戒があるとはいえ、屋外ですし人数制限については、やや厳しすぎる印象です」
そう話すのは、元宮内庁職員で皇室解説者の山下晋司さんだ。
「今年は、新型コロナ対策で行動制限のないお正月でした。東京の明治神宮や神奈川の川崎大師、京都の伏見稲荷大社などの正月三が日の人出は、コロナ前の8割ほどに回復。にぎわう様子がニュース映像で流れました。お正月に限らず、世間は日常生活に戻りつつあります。そのような中で、皇居の一般参賀では歓声が制限されました。静寂さは、むしろ寂しさを感じさせました」
皇居の一般参賀でクラスターなど発生したら一大事である。慎重になるのは理解できる。もちろん、皇室に“脱コロナ”の旗を振ってほしいということではない。しかし、皇室だけが世間の流れと異質すぎてもいけない、と山下さんは感じる。
「新年や天皇誕生日の一般参賀は、ある種のハレの日であり、『お祭り』といってもいいと思います。皇居に足を運ぶ人も、NHKで中継を視る人も祝賀ムードを共有できる機会です。外国からの旅行者にとっても手続きなしで皇居に入り、日本の天皇陛下や皇族方を近くで目にすることができる特別な日でした。屋外ですし、感染対策と歓声を制限すれば、人数制限までは必要ないのではないかと思いました」
(AERA dot.編集部・永井貴子)