電車の中で女性が痴漢被害に遭っている現場に遭遇したとき、スマホで動画撮影をしてネット上で拡散する行為にはどのようなリスクがあるのだろうか。

 今月中旬、電車内で男性が隣で女性を痴漢している様子が動画で拡散されるとツイッター上で話題になり、顔にモザイクがなかった男性の本名、職場、出身大学、家族構成が「ネット民」に特定される事態となった。この動画の撮影者は、卑劣な痴漢行為を許せないという思いから、SNS上で拡散したのかもしれない。
 
 弁護士法人LEONの蓮池純弁護士は「痴漢の被害現場を撮影する行為自体は、罪に問われないと思います。更衣室などでの盗撮や、公共の場であってもスカートの中を撮影する行為などは犯罪ですが、公共の場で単に動画を撮影するだけでは犯罪には該当しませんし、民事上の責任を発生させることもほとんどないと思います」と説明した上で、続けた。
 
「ただ、SNS上でこの動画を拡散させたとなると、話は別です。民事上の責任を生じさせる可能性があります。動画の拡散行為が違法になるかどうかは、難しい判断になりますが、『公共上の利益』と『個人の権利』をてんびんにかけて、判断することになります。もちろん痴漢というのは許されない行為ですので、被害現場の動画を第三者がアップすることには、原則として、公共上の利益が認められます。国民がこの動画を知ることで犯罪の抑止力になる。犯人が逃走していたら検挙につながる可能性もあります。一方で、男性にモザイクがかけられず素顔が出て、本名、職業、出身大学、家族構成など個人情報が広まった場合、被写体の男性の個人の権利も大きく制約されることになります。不必要に個人情報が拡散されたということになると、公共上の利益よりも個人の権利が上回ると判断され、肖像権とプライバシー権を不当に侵害する『不法行為』(民法709、710条)に該当するとして、動画の拡散者が男性から動画の削除、慰謝料を請求されるケースも考えられます。拡散者だけでなく、男性の職業、顔写真を拡散させる目的で情報提供する『特定班』と呼ばれる人たちも、不法行為で同じく訴えられる可能性があります。もし、男性が冤罪だった場合は動画の拡散者や情報提供者が個人の権利を大きく害する行為をしたということで、さらに厳しい立場になるでしょう」



 動画が撮影された時期も、公共性の利益を判断する上で重要だという。

「昨日、今日の事件でしたら社会情勢でかなり必要性は高いですが、数年前に起きた事件を掘り起こすことで、犯罪の重さと照らし合わせて個人情報をネット上でそこまでさらす必要があるのかという見方が出てきます」

 ネット上で個人情報が世界中に拡散されてしまうと、完全に削除するのは難しい。「デジタル・タトゥー」と呼ばれる問題だ。蓮池弁護士は「年月が経っても自分が逮捕されたり起訴されたりした記事が名前をネット上で検索すると出てくる。『削除できないか』という相談内容は多いです。事件からどれだけ経過したか、事件の重さで対応を判断しますが、情報が一度拡散されると、誰でも保存できるので、時間が経過した後にまた拡散される時がある。いたちごっこになってしまうのが問題です」と明かす。 

 痴漢の被害現場を撮影して、SNS上で配信している動画に対しては、様々な意見がある。ネット上には「痴漢はダメって言うのは前提として、自分がもし全く知らん人に動画とられてたと考えたら怖すぎ」、「その気持ちは否定しないけど盗撮してYouTubeに上げたのは結局困ってる人のためじゃなく行動に移す勇気がなかった自分の弱さをごまかす為の自己満足でしかないのは自覚したほうがいい」というコメントが。一方で、「行動しろってみんな言っといて実際行動した勇気ある男子高校生がボコボコにされた事件を知らないのか。不確定情報の中行動するってのは世の中一番難しいことなんだよ」という指摘もみられた。

 痴漢の被害現場を見たら被害者を助けるために注意するのがベストだが、加害者に暴力を振るわれる危険性がある。犯人検挙のために、犯罪行為の証拠となる動画を撮影する行動を全否定できないという見方も一理ある。

  ただ、動画を撮影することと、ネット上で配信することを切り離して考える必要はあるかもしれない。

  蓮池弁護士はこう語る。

「動画をネット上で拡散したり、家族構成などの個人情報をネット上に掲載することで、加害者だけでなく、加害者の家族からも民法の不法行為で訴えられるリスクがあります。警察や駅員に痴漢犯罪の一部始終を捉えた動画を提出することが、一番良い方法だと思います」

  スマホがあれば、動画の拡散は指一本でできる。だが、その行為は人を傷つける動きに加担していないか――。「ネットリンチ」は無自覚なケースが多いことを、認識しなければいけない。(今川秀悟)