「刑務所のような入管施設の中でも(犯罪を)やっていたんですね。本当にずる賢い、カネへの執着がすごい人だった」
こう振り返るのは30歳代の男性、Aさん。「ルフィ」を名乗って全国で相次ぐ強盗事件を指示した疑いがある4人の男のもとで、「振り込め詐欺」事件にかかわったことがあるという。Aさんが、「ルフィ」の手口やその素顔について、AERA dot.の取材に詳細に語ってくれた。
フィリピンを拠点とする「振り込め詐欺」事件の幹部だとしてフィリピン・マニラの入国管理局の施設に収容中の容疑者4人が、日本に引き渡されることになった。相次ぐ強盗事件を指示した「ルフィ」も含まれているとみられる。日本に送還されるのは渡辺優樹(38)、小島智信(45)、藤田聖也(としや)(38)、今村磨人(きよと)(38)の各容疑者。警視庁は2月7日、今村、藤田両容疑者をフィリピンから移送中の航空機内で逮捕した。
Aさんはなかでもリーダー格の渡辺容疑者や小島容疑者のことを、よく覚えているという。
2019年11月、マニラにある「振り込め詐欺」の拠点が現地当局によって急襲され、36人が拘束された。Aさんはその中の一人だった。日本に強制送還され、有罪判決が下された。
「渡辺はその時からボス、組織のトップでした。当局に襲われたとき、拠点にはたぶん50人以上の日本人がいて、10人以上がどさくさに紛れて逃げた。私も最初は逃げたが、スリッパに上半身裸だったので、近くですぐに捕まってしまった。渡辺は現地にフィリピン人の奥さんがいると聞いていた。当局に襲われたときは別の場所に住んでいて助かったのではないかと思う」
Aさんが犯罪組織に加わったきっかけは、SNSで探した「闇バイト」だった。50万円ほど借金があり、SNSで「高額バイト」「即金」などと検索しているときに「海外運搬」「当日支払い」「高収入」という仕事の内容を見つけて、メッセージを送った。
「フィリピンに荷物を運ぶ、高額なバイトがある」
「1週間で30万円から40万円、稼げますよ」
そんな誘い文句にのって、フィリピンに渡ったのが2018年秋ごろ。指示されてたどり着いたのは、当初言われていた首都のマニラ(ルソン島)ではなく、観光地で有名なセブ島にある拠点だった。
そこで待っていたのは、振り込め詐欺の電話をかける「かけ子」という仕事だ。
「怪しい仕事だとは思っていたが、『振り込め詐欺』とはびっくりだった。しかし、到着すると、全身入れ墨の男にパスポートやクレジットカードを取り上げられてしまった。実家まで把握されている。ヤバいがやるしかないと思った」
最初は、他のかけ子の様子を見聞きしながらトレーニングをした。かけ子のキャリアがある日本人を相手に何度も練習。その様子を、入れ墨が入った日本人がずっと監視していた。Aさんはマニュアルを見て、必死で覚えたという。
数カ月後、突然、セブ島からマニラに拠点が移った。マニラ・マカティ郊外にある廃業したホテルで、2019年11月に当局の摘発を受けることになる場所だった。
そのころには、Aさんもかけ子として、毎日、日本に電話を繰り返していた。
廃ホテルには、宴会場のような大きな部屋がいくつかあった。そこに10人くらいの日本人で一つの班を作る。
はじめたばかりのかけ子は「1線」として、名簿を渡されて日本に電話をかける役割だ。Aさんも最初はここにいた。
「電話をかける相手の住所を見て、ネット検索などで最寄りの警察を調べる。相手が電話に出ると、『警察で捜査した詐欺グループの名簿にあなたの名前がある。すでに口座からお金が抜かれてしまったかもしれない。キャッシュカードを調べさせてほしい』などとマニュアル通りに聞き、不安にさせます。相手が信用すると『いくら口座にはありましたか』『銀行口座はいくつありますか』『家族はいますか、何人暮らしですか』などと細かく聞いていくんです」
話していて相手が疑いを持っていなさそうだとわかると、キャリアが長い「2線」のかけ子が、「私が担当課の〇〇です」などと引き継ぐ。
言葉巧みに相手を信用させ、預金通帳を手元に持ってこさせるなどして、残高などを聞き出す。時間を稼ぎながら、次に「3線」の担当者が、「受け子」をまとめる日本側の組織に連絡して、相手の家に向かわせるのだという。
会社の仕事のように、詐欺は規律のもとに行われていた。
「日本とフィリピンの時差は1時間なので朝は7時くらいには起床、7時半に朝礼があり、『今週は2000万円』などとノルマや目標が言い渡される。それから名簿を使って電話をかけていく。だいたい夕方5時、日本時間で6時には終わって夕食でした。2階に食堂があって、食事は上手な人が日本食を自炊してくれていた。中には数人、女性のかけ子もいましたよ」
週末には、名簿に「一人暮らし」とされている人でも家族が来たりするので、あまり「仕事」はなかった。金融庁だとか税務署の職員を名乗るマニュアルもあり、週末は休みだから怪しまれるという理由もあったという。
Aさんは詐欺の成果がうまくあげられなかったと振り返る。
「私はしゃべりが下手で、田舎の方言のなまりが出たりする。相手からうまく聞き出せても、預金が100万円ほどしかないなど資産が少ない人は、監視役から『流すわ』といわれて、適当にごまかして電話を切ったこともある。話がうまくいって、預金が300万円以上あるという相手もいたが、いきなり電話先に別の男性が出てきて、『お前ら何聞いているだ』とすごまれ、慌てて電話を切ったこともあった」
Aさんが「成立」と呼ばれる詐欺の結果を出したのは1、2回で、金額も少なかったという。かけ子がうまくいっても、受け子が失敗というケースもあったそうだ。
毎週金曜日に週払いで渡される給料とは別に、多額の現金をだましとることができればボーナスが出た。しかし、Aさんは月に30万円ほどの報酬だった。それでもあまりカネを使う事がないので、それなりにたまったという。
当初は「詐欺」をするつもりがなかったAさんなのに、なぜずるずるとフィリピンに居続けたのか。
「悪いこととわかっていながら、他の日本人と変な連帯感が出てしまう。一方で、小島(智信)なんかはヤクザそのものみたいな感じで、『日本に戻ってもヤクザの知り合いがいる。受け子や詐欺もそいつらが協力している。わかっているだろうな』と何度も脅された。小島やヤクザ風の監視役に口ごたえして、殴られて血まみれになったかけ子もいました。私は彼らが日本でヤクザとつながっていると怖かった。日本の警察の取り調べでも、ヤクザの名前を知らないかと追及されました」
日本で罪を償ったAさんだが、狛江市の強盗殺人事件が大きく報じられる前から、渡辺容疑者らが動いているのではと感じていたという。
「かけ子をしていると、銀行に預けずに現金を家に保管している人がわりと多いことがわかった。当時はシマダといっていた渡辺や、サイトウといっていた小島らがそれを知って、『グループで襲って奪えばいい』と話していたのを聞いたことがあります。また、当時一緒にフィリピンにいたかけ子はみな日本で逮捕されたのですが、警察から再度事情を聴きたいと連絡が入っているので、やっぱりなと思っていた」
Aさんはこんな思い出も話した。
「渡辺はふだんは拠点の廃ホテルにいない。たまに来て、大きな金額をだまし取ると、『成功したぞ』などとファーストフードで買ってきた食べ物をふるまってくれることがあった。渡辺や奥さんと思われる女性が、日本料理をたくさん持ってきてくれて、それがうまかったこともあって、わりと慕われていました。よく、カジノで勝ったとか負けたとか、そんなことも言っていました。『俺のようにカジノで大きな勝負をしたけりゃ頑張れ』と言われたこともありましたね」
渡辺容疑者は、2019年11月の摘発は逃れたが、2021年5月にマニラのカジノが併設された高級ホテルに滞在しているところを逮捕された。
逮捕に時間がかかったことについて、日本の捜査関係者が言う。
「2019年11月、廃ホテルには60人とも70人ともいわれる日本人がいた。フィリピン当局の捜査で逃げた日本人が20人はいた。日本人同士も相手の本名などは知らないので渡辺容疑者や小島容疑者ら主犯格の情報を日本側で把握するのが遅れて、フィリピン側に伝えられなかった。ようやく突き止めることができたのが21年になってしまった」
2019年の時点で渡辺容疑者らをフィリピンで拘束できていれば、一連の強盗事件は起こらなかった可能性がある。
朝日新聞元マニラ支局長の柴田直治・近畿大学国際学部元教授が、フィリピンの捜査事情についてこう説明する。
「2019年の時に渡辺容疑者らは当局の捜査からうまく逃げた。日本の警察なら指名手配して捕まえようということになるのですが、法治の事情が違うフィリピンではそうはいかない。重要事件でも、このビルの何号室にいるからなど、日本から具体的な情報を提供して詰めていかないとフィリピン当局はなかなか動いてくれません」
なぜフィリピンが日本人犯罪者の逃亡先となり、犯罪の拠点になるのかについては、こう語った。
「日本から比較的近いし、ビザが不要で入国できる。昔から犯罪者の逃亡先はフィリピンというようなブランドもある。マニラなら日本語でもある程度、生活できる。フィリピンには日本の犯罪者にぴったりのインフラが整っている面がありますね」
(AERA dot.編集部 今西憲之)