隣町の町長を告訴した田川市の村上卓哉市長

 首長が隣町の首長を訴えるという異例の事態が、福岡県田川市と同県大任(おおとう)町で起きている。田川市の村上卓哉市長が9月15日に記者会見し、大任町の永原譲二町長を強要未遂容疑で県警に刑事告訴したと発表した。これに対し、永原町長も対抗措置として訴え返す方針を固めたといい、29日に議員らに説明するという。両市町をめぐっては別件でももめており、まだまだおさまる気配がない。

「俺何回も言いよるけど、脅しっていうやろ、脅しって。俺脅ししよらんよ」
 
「なんも反撃せんけど、黙っちょったら、認めることになるって言われるき」
 
 村上市長が刑事告訴した根拠となる、永原町長からの「強要」を受けたという1時間20分あまりの録音データを聞くと、永原町長は大きな声で語気鋭く、村上市長が反論する余地をほとんど与えず「脅し」「強要」ともとれる言葉で詰め寄っていた。
 
 そもそも2人の間に何があったのか。
 
 発端は、田川市や大任町など8市町村が共同で整備する広域ごみ処理施設にある。8市町村でつくる田川郡東部環境衛生施設組合(組合長は永原町長)が大任町内に整備中で、総工費は330億円を超える規模になっている。
 
 村上市長が市議時代の昨年12月、田川市議会は施設の施工体系図や用地の取得状況、建設積算根拠について疑念があるとして、大任町に開示を求めたが、町は今年3月に「田川市の越権行為」などとして開示を拒否した。

■過去にも身の危険を感じた

 今年4月の統一地方選で「ガラス張りの市政」を訴え初当選した村上市長は、市民から情報公開の請求があったとして、「施工体系図」などを公開する意向を示した。それを知った永原町長が町職員を帯同させ、田川市役所に村上市長を訪ねてきたのが、今年6月23日だった。

 冒頭の発言はこのときのものだ。

 AERA dot.の取材に村上市長は、

「過去にも身の危険を感じることがあったので守るために、録音をしました」

 と録音した理由を語った。

 永原町長は、最初から情報公開について触れ、

「表に出さないという話の中で文書を作った」

「行政同士の約束。前市長ともそうなっている」

 などとして、前市長の時代から公開しないことになっていたと村上市長に詰め寄った。

 前市長と永原町長は親戚関係にある。4月に前市長と村上氏が争った市長選の際、前市長の応援には永原町長のほか、田川市や大任町が地盤の武田良太元総務相という“大物”まで駆け付けていたという“複雑”な事情も絡んでいる。

 永原町長は延々と「公開はダメだ」と自説を唱えるなかで村上市長が、

「正式に情報開示の請求がきました。一応、公文書としてあります。(公開しないというなら、前市長との間で)何か覚書でも残ってないやろうか」

 と永原町長に尋ねると、 

「まさかあんたに(市長が)替わると思ってないけん」

 と情報公開をしないことが、口約束であったことを明かした。

 村上市長が公開する意向を変えないとみると、

「俺がここまで言うて、これあんたが勝手に(情報公開を)出すんやき、俺は出したら困る、信義を守れって。出したら、あんた、あとは全てあんた方とは協力せんから」 

「そげん嫌なら、出て行けって。自分たちで(ごみ処理施設を)建てなさいっち」

「行政同士の約束は守らな、大任町は連携できませんよ。なら、いっそのこと撤退してもらいましょうか。迷惑ですよっち、言いよるんよ」

 と語気を強めた。

「情報公開はしない約束だった」と主張する大任町の永原譲二町長

■「悪用するための情報公開」

 また、当初の計画よりごみ処理施設の規模が大きくなったのは、

「田川市がごみの減量できんやったけん、大きなカマ(施設)を作らないかんやったんやねーかっち。それわかっとる?」

 と前市長時代の問題を持ち出した。

 その後も永原町長の怒りはおさまらず、

「悪用するために情報公開しよるだけなんよ」

「(大任町や自分を)悪者に仕立て上げて、まだ悪者にするんかと。あんたが、なんか言っちょるやない。(情報公開で)ガラス張りにするって。なんもかんも出しますって。そんなこと言いよるけん、首絞めよるやんって」

「自分の首絞めて(市長の任期)4年間もたんばい」

 と村上市長が進める情報公開について、永原町長は批判を続けた。

 村上市長が口をはさもうとすると、

「なんか言いよう? (村上市長には)信義がないよ。行政は表も裏もいろいろあるき、出せんやつ、財務省だってそうやろ、(森友学園事件の公文書)改ざんからなんから出すんで、国がもうひっくり返るで。行政として、はぐらかしたほうがいいよねってことがある」

 と“持論”をとうとうと語った。そして永原町長が主導しての村上市長の「リコール」をにおわせるような発言まであった。

「圧力」「強要」といった点があったのか、大任町に取材すると、

「告訴状の詳細は知りません。どういう発言が強要未遂に該当するのかもわかりません。永原町長は、圧力をかけた、強要した、というようなことはありません」 

 と担当者が答えた。

 村上市長は、 

「ごみ処理施設の組合から出て行けという発言は間違いなく録音にも残っています。情報公開をしないなら出て行かなくていいということで、ごみ処理という市民生活に直結するものを、情報公開と結び付け、断念させようという永原町長の発言は看過できない」 

 と話す。 

 ごみ処理施設の組合に加入している川崎町の町議は、 

「永原町長はうちの町に来たときも『情報公開はしない』『町長に説明してあるから聞け』とつっけんどんな態度で話していた。何か裏があるのかという気がした。村上市長はよくやってくれた。頑張ってほしい」 

 とエールを送る。

■永原町長も対抗して村上市長を告訴する方針

 一方で、永原町長も近く、村上市長を刑事告訴する方針であることもわかった。

「永原町長は『刑事告訴されてメンツをつぶされた』と言っているそうだが、情報公開をすれば問題ないこと。隠すからこじれる。永原町長は何を言っているのだろうか」(前出・川崎町の町議)

 田川市と大任町について、8月にも別の案件の情報公開をめぐり一騒動起きている。

 AERA dot.でも詳報したが、ネットメディアの代表者が2021年6月、田川市に対し廃棄物運搬業務の事業者選定、大任町に対し工事の入札結果、ごみ処理施設整備事業などの関連文書、さらに当時の田川市長と永原町長の選挙運動費用収支報告書の情報公開をそれぞれ求めた。 

 すると、武田良太総務相(当時)の秘書が代表者に連絡し、「(大臣が)気にしています」「なかったことにしてほしい」などと“圧力”をかけていた疑いが明らかになった。

 そして、個人情報として守られるべき情報公開請求の情報が、外部に漏洩(ろうえい)していたことも大きな問題として残っている。

(AERA dot.編集部・今西憲之)