撮影・イシバシトシハル

3月13日、東京・六本木のEXシアター六本木でライブツアー「瞳みのる&二十二世紀バンド LIVE2023-2024」の千秋楽公演を開催した瞳みのるさん。ゲストにザ・タイガース時代以来の盟友、沢田研二さんと森本タローさんを招いたバックバンド・二十二世紀バンドの結成10周年記念イベントは大盛況のうちに幕を閉じた。瞳さんに、ともに音楽活動を続ける仲間や今後について聞いた。

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撮影・イシバシトシハル

――「二十二世紀バンド」は沢田研二さんの紹介で結成されたそうですね。

瞳みのるさん(以下、瞳):そうですね。沢田がメンバーを集めて、その過程でタローが中心となるJeffを推薦してくれたというのが正確です。その後、メンバーの変遷はあったけど、JeffとNELOはずっと一緒。他のメンバーたちもみんな長くなってきました。僕がでしゃばらなくても、希望を伝えれば意をくんでより良いものにしてくれます。彼らとはケンカひとつしたことがない。かけがえのない仲間だと思っています。

――「瞳みのる&二十二世紀バンド」は和気あいあいとしたステージが魅力。親子ほど年の離れたメンバーとうまくやっていく秘訣は?

瞳:なにか命令したり、強要したり、パワハラみたいな関係が生まれないよう意識しています。彼らはどう感じているかわからないけど(笑)。仲間としてやるからには同じ目線でやるべきだと思っているんです。教員時代も、生徒に対して「先生はね」と言うのがすごく嫌だった。長幼や教える側、教えられる側という関係はあるにしても、逆にこちらが教わることも多いわけだし、意識としては対等でなければと思っています。

撮影・イシバシトシハル

■ザ・タイガースのメンバーも「かけがえのない仲間」

――リハーサルでの「ああしろ、こうしろ」というザ・タイガースのみなさんとの遠慮ないやりとりにも感激しました。

瞳:そうですね。彼らも10代からのかけがえのない仲間。長年、芸能界を離れていた僕を気遣って、いろいろアドバイスしてくれるんです。僕は本番になると力が入り過ぎちゃう癖があるんだけど、タローはそれを知っているから今回も「いきまないで頑張って」と。リハーサルでも二人で演出的な部分をアドバイスしてくれてありがたかったですね。

――個人的には『シーサイド・バウンド』でセンターを譲ろうとした瞳さんに、沢田さんが「タイガースの曲はみんなの曲なんやから、今日はピーが真ん中に立つのがいいよ」と言ったのがじんときました。リハーサル中、『路線バスで寄り道の旅』(テレビ朝日系)のロケで堺正章(元ザ・スパイダース)さん、徳光和夫さんたちが登場する一幕もありました。

瞳:堺さんはかまやつひろしさんが亡くなった時(2017年)に、斎場で司会されているのを見かけたんだけど、その時はお話しする機会がありませんでした。なので、今回、会って話すのは本当に50年以上ぶり。あの頃と変わらないフランクな人柄で感激しました。徳光さんも『NTV紅白歌のベストテン』(日本テレビ系)とかでご一緒してるんだけど、にじみ出るような魅力ある人。今回の模様は4月2日に放送されるので、ぜひご覧ください(笑)。

――終演後の打ち上げはいかがでしたか?

瞳:女性週刊誌に隠し撮りされていたみたいでびっくりしました。メンバー、出演者一同でおいしい日本料理をいただいたんだけど、おいしくてボリュームもたっぷり。僕だと少し残しながらじゃないと最後まで食べられないけど、沢田は全部たいらげている。お酒も一番飲むし、元気さに感心しました(笑)。

撮影・イシバシトシハル

■1月30日に緊急入院でも「われながら悪運の強い男」

――瞳さん自身の体調は最近いかがですか。1月30日に肺炎で緊急入院され、心配でした。

瞳:年末から不調は感じていたのだけど、1月27日に岸部一徳、森本タローと喜寿祝いの食事会をした時にほとんど食事が胸を通らなくておかしいなと思いました。翌日もリハーサルやレコーディングが続いたのだけど、けっこう詰め込んじゃったのもあって疲労困憊。起きられないくらいになってしまったので、意を決して病院に行くと「肺炎」と診断され即日入院ということになってしまいました。

――原因はわかったのでしょうか?

瞳:羽毛のアレルギーが見つかったりもしたけど、一番は過労ということなんだと思います。死にかけたのは2001年、55歳の時にやった劇症A型肝炎、09年、62歳の時にやった脳梗塞に続き、これで3回目。いずれもどうなるかわからない状況でしたが、われながら悪運の強い男だと思っています(笑)。

撮影・イシバシトシハル

■激しい運動はするなと言われてるんだけど

――もうちょっと元気に生きていただかないと困ります(笑)。入院中はどのように過ごされていたのでしょうか?

瞳:食事とブログを書く時以外はほとんどベッドに横なったまま、天井を眺めて過ごしていました。途中で転院するんですが、そこで医師に今後のことを相談すると「3月にライブするならステロイドを投与したほうがいい」と言われ実行。それまで脈拍が120近くあったのが60くらいに落ちて一気に楽になりました。同時に血圧が下がってしまったので、それはそれで対策しなくちゃいけなくなったんだけど、今はステロイドを少しずつ減らして平常に戻りつつあります。

――生活改善のようなことはされているんですか?

瞳:「激しい運動はするな」と言われてるんだけど、それだとドラム叩いたり歌ったりできないじゃないですか(笑)。ドラムと歌を同時というのが一番疲れるから、少しそういう曲を減らしたり、できる範囲で調整していくしかないですね。

撮影・イシバシトシハル

■社会に関わり続けたい 音楽で物申したい

――入院中の2月3日、横浜サムズアップ公演は瞳さん抜きで、二十二世紀バンドのみでやりきりました。

瞳:無事にやってくれたと聞いて感慨深いものがありました。10年やってきて良かったな、これで、たとえ僕がいなくなってもザ・タイガースやグループサウンズの魂を受け継いでくれる存在ができたなと。

――今後の活動の抱負をお聞かせください。

瞳:音楽を通して社会に関わり続けたいということですね。ウクライナの紛争はもちろん、今、社会で起こっていることについて積極的に音楽で物申していく。僕たちは過去、現在、未来の三つの時代に生きています。過去を忘れず、現在を大事に、未来を見据えた表現をしていきたいなと思っています。

撮影・イシバシトシハル

瞳さんと筆者はかれこれ9年近いお付き合い。毎年、ライブツアーや楽曲制作に明け暮れ、1946年生まれ(現在77歳)とは思えぬ若々しさに驚かされているが、実は2024年はこの鉄人にとって苦難の幕開けだった。1月30日に肺炎で緊急入院、ようやく退院したかと思えば3月9日には出先の神戸で転倒し胸を強打。どちらも肝を冷やしたが、特に後者は筆者が企画したテレビ番組収録にお招きした帰途の出来事だったのでちょっと責任を感じてしまった。そんな経緯もあり、13日の記念イベントで元気にドラムを叩き、ステージを駆け回る瞳さんを見た時は万感胸に迫る思いがあった。

昭和、平成、令和と自己をブラッシュアップさせながら走る”老虎”瞳みのる。今後も彼の生きざまを追いかけたい。

撮影・イシバシトシハル