会の“常連”たち5、6人から1000円ずつカンパを募ってIHヒーターを購入し、無事に鍋パーティーを開催。帰り道、常連の一人は、「やっぱ咲きたてが一番甘い」と桜の花をむしゃむしゃ食べていた(写真:白川さん提供)

 日本の受験エリートたちが集う東京大学に、「だめライフ愛好会」なる団体があるのをご存じだろうか。「だめ」をライフワークに――こんなモットーを掲げ、Xで日々発信を続けているのだが、投稿をさかのぼっても、活動内容は大学構内での大根栽培くらいしか確認できない。誰が、どんな目的で、何をしているのか。謎に包まれたその実態を探るべく主催者に取材を申し込むと、東大であえて「だめ」を追及する、意外な理由が見えてきた。

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 取材の待ち合わせ場所として指定されたのは、東京大学駒場キャンパス内の、とある校舎裏。約束の時間を20分過ぎて、「東京大学だめライフ愛好会」を主催する、教養学部の白川さん(仮名、20代前半)が焦った様子でやってきた。

「すみません、この後ここで新歓の鍋パーティーを行うので、ブルーシートを取ってきます!」

 そう言い残すと、さっそうと走り去っていった。

 引き続き、待つこと10分。戻ってきた白川さんはいそいそとブルーシートを広げはじめたが、シートの一部がビショ濡れだったり、炭酸飲料のペットボトルを放り投げては一人慌てたりと、早くも“だめ”っぷりが垣間見える。

 取材ということで校舎内で応じてもらえるのかと思いきや、そんな素振りはないので、記者もブルーシートの上にお邪魔して話を聞くことにした。

 白川さんによると、会の歩みは、ざっくりと以下の通りだ。

 昨年春ごろ、中央大学のだめライフ愛好会が、自動販売機の下に落ちている小銭を拾う活動をX上で報告していた。それに触発された白川さんは、仲間うちで東大キャンパス内の自販機を回って“小銭あさり”を決行。500円玉を落としても放っておく人がいる現実に驚きつつ、計1000円以上を回収した。

キャンパスの片隅に広がる大根畑。案内してくれた白川さんは、「トウが立ってきたから、そろそろ収穫しないといけないんですけど……」と、少しめんどくさそうにつぶやいた

■キャンパスの空き地で野菜を栽培

 それを機に、昨年5月に東京大学だめライフ愛好会を結成。「学費の元を取るためにキャンパスを有効活用する」というもくろみもあり、面白そうなことを片っ端から始めてみた。

 最初に挑んだのは、空き地でのさつまいも栽培だ。無事に収穫し、焼き芋パーティーにこぎつけたものの、畑ができて半年ほどたったある日、「当局」(白川さん)こと大学の学生支援課によって畑の周りにコーン標識が設置され、締め出された。今や、畑は厳重なフェンスで囲われ、「耕作禁止」の張り紙もされているが、白川さんたちは抜け道を作り、懲りずに大根を育てている。

 食料生産としては、「外来種だらけの駒場池でザリガニ釣り」企画も功を奏した。講義をサボって約1週間釣り続け、2千〜3千匹ほどを確保。ザリガニの味は「エビやカニからうま味を抜いた感じ」だが、にんにくじょうゆで炒めたり紹興酒で蒸したりと、味つけ次第では伸びしろがあるという。一部はコンポストに入れて肥料にし、さつまいも畑にまいてみたが、とにかく臭いがひどく、これは失敗に終わった。

ペットボトルプランターでも食料生産。雑草に見えるが、一応クレソンが育っている

 東京大学だめライフ愛好会に、正式なメンバーは存在しない。いるのは“常連”だけだ。「組織化はめんどくさい」「誰でも気軽に関われる会にしたい」という理由から、“主催さん”と呼ばれている白川さんがイベントの告知をし、その時々で集まりたい人が集まるスタイルをとっている。

 ここで、世の大人たちが疑問に思うであろうことを聞いてみた。東大という日本最高峰の大学に合格する頭脳がありながら、なぜ「だめ」をライフワークに活動しているのか。白川さんに尋ねると、「コロナ禍がトリガーの一つになりました」と返ってきた。

「入学したら活発なサークル文化を楽しもうと思っていたのに失われてしまったし、不要不急の活動は許さないという空気の中、大学内が漂白されたように感じたんです。だからこそ、コロナが明けた今、猥雑(わいざつ)で無秩序なものを取り戻して、もう一度学生の居場所を作りたい。思い描いていたキャンパスライフはかなわなかったけど、自分で描き直しているところです」

「ここには大学側も口を出してこない」(白川さん)という、キャンパス内の“治外法権エリア”。だめライフ愛好会には部室がないため、調理器具や工具などの持ち物はブルーシートをかぶせてここに置いている。鍋パーティーに使うIHヒーター2台のうち、1台は盗まれ、1台はコードを紛失したようで、白川さんは困り果てていた

■「創造的な逸脱をやりたい」

 不要不急なことだからこそ、全力で楽しむ。そんな学生ならではの豊かさと特権を奪われたことへの、せめてもの逆襲なのかもしれない。

 同様の活動は他大学にも広がっているようで、Xのアカウントを見る限り、一橋大、早稲田大、筑波大、学習院大、立命館大など、ざっと40以上の大学のだめライフ愛好会が確認できる。白川さんによると、一人〜数人で活動している会が多く、コミュニティーの規模としては、東大は大きい部類に入るそうだ。

 会の概要について一通り話を聞き終えたところで、気づけばブルーシートの上では、“常連”と新入生たちが話を弾ませていた。

「未来の活動はみなさんにかかっていると言っても過言ではない。今年何がしたい?」

「創造的な逸脱をやりたくてここに来たんです」

「そんな難しいこと言われても分からん」

「太めの木に片っ端からしめ縄を巻いてお供えをすることで、心霊現象を引き起こしたい」

「アニミズムだと、それぞれの木に(神が)宿ってるからね」

「じゃあここに前方後円墳を造ろう」

「僕は地形を作り出したいです」

「あー、河岸段丘掘るか!」

 めくるめく“だめ”の世界を前に、目をキラキラさせて妄想を膨らませる新入生たち。だが、そもそも「だめライフ」の定義とは何なのか。

「途中から考えるのをやめたんですけど、初期のころみんなで話していたのは、『社会の常識や規範からずれた行動をする』というものです。だめ連(※労働と消費を中心としない生き方を模索・提唱するため、1992年に神長恒一氏とぺぺ長谷川氏が設立した集団)のノリは引き継いでいると思います」(白川さん)

「世の中の役に立つのはしんどいから、高等遊民としてだらっと生きたい」「社会が東大生に求めているものから逸脱したい」と切に願う白川さんは、昨夏、神長氏をゲストに招いた「就職座談会」に参加。どうすれば就職しないで生きられるか、イベント参加者たちと知恵をしぼったという。

新歓鍋パーティー会場のブルーシートに、会の“常連”や新入生が集まってきた。写真を撮らせてほしいとお願いすると、いっせいに顔を隠す一同

■「世の中が思っているほどいい子じゃない」

 取材も佳境に入ったところで、そろそろ鍋が始まりそうな雰囲気に。「この記者いつまでいるんだろう……」という学生たちの眼差しを感じ、いったん退席した。20時前に再び校舎裏をのぞくと、ちょうど撤収作業を終えたばかりの白川さんと“常連”たちの姿があった。

 せっかくなので、渋谷駅まで徒歩約20分の帰り道に同行させてもらう。道中、「次は学内で養蜂をしてみたい」とニホンミツバチとセイヨウミツバチの生態の違いを語りあったり、松濤の高級住宅街に立ち並ぶ家々を眺めては「我々は資本主義社会の中で搾取され、食うに困ってさつまいもを育てる者たちだ」と連帯を確かめあったり、彼らなりの青春を嬉々として謳歌(おうか)する姿がまぶしかった。

「東大生=真面目な優等生というイメージかもしれませんが、人生における“あそび”を大切にしようとする学生は意外と多いと思いますよ。みんな、世の中の人が思っているほどいい子じゃないです(笑)」

別れ際、白川さんはそう言い残すと、「ICカードをなくしたので切符を買ってきます」と、渋谷駅の人波に消えていった。世間体やエリート街道には目もくれず、誇り高く「だめ」を貫く。そんな風変わりな東大生に、何かと世知辛い現代社会を軽やかに生きるヒントを教わった気がした。

(AERA dot.編集部・大谷百合絵)