「あなたに答える必要はありません」――。こう一刀両断し、政府にとって不都合な質問を封じ続ける菅義偉官房長官。今回の内閣改造でも官房長官に留任した。記者の質問が日に日に軽視され、急速に変質する政治とメディアの関係。官邸による記者への質問制限・妨害の内情を詳細に描いた『報道事変』(朝日新書)を出版し、自身も朝日新聞の政治部記者として500回以上の官房長官会見を取材してきた新聞労連委員長の南彰氏が、その内幕の一端を明かす。

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「盗人猛々しい」とは、こんなときに使うのだろうか――。

 内閣改造を10日後に控えた9月1日。ある全国紙の日曜版の1面を埋め尽くすインタビューに思わずのけぞった。

「安倍政権は、多くの国民が『当たり前だ』と思う改革をする政権。だから、現場の感覚を知るのは大事です。それに、記者会見では間違ったことは言えない」

 驚いたのは後段だ。「総理のご意向」などと書かれた文部科学省の文書が報じられた時に、「怪文書のようなものだ」と言って存在を否定するなど、数々の問題答弁を重ねた菅義偉官房長官が記者会見の重要性を説いているのである。大切な仕事道具を紹介する「私のイッピン」でも、菅官房長官は記者会見時に使う応答要領を挟む革製バインダーを持ち出し、「なじんできて体の一部みたいになっています。『絶対に失言しない』との思いを込めた、お守り代わりにもなっています」というコメントしていた。

「令和おじさん」として知名度がアップし、「ポスト安倍」が視野に入ってきた菅官房長官。最近は、好物のパンケーキを食べながら女性誌のインタビューを受けるなど、イメチェンに余念のない。しかし、この人は6年半以上続く政権のなかで、日本中枢の記者会見のあり方を変質させ、「質問できない国」にしていった張本人である。

 菅官房長官のメディア観は、さまざまな質問制限・妨害行為を行いながら、東京新聞社会部の望月衣塑子記者の質問をせせら笑う姿にもあらわれているが、最も象徴的なのは、「記者のいない記者会見」だ。

 北朝鮮がミサイルを発射した2017年11月29日。菅官房長官の臨時記者会見はミサイルの着弾よりも早く、午前4時から始まった。安倍晋三首相の指示や北朝鮮への抗議など、事務方が用意した文書をよどみなく読み上げると、質疑もなく立ち去った。かつてのように記者が間に合うように一定の時間を設けて開始する配慮はない。報道機関に頼らなくても会見の様子をインターネット中継できるようになった官邸は、記者がいようが、いまいが、自らの都合で記者会見を行うことができるようになり、「危機管理に強い」というイメージを国民に植え付ける「記者会見」を行えるようになったからだ。

 菅官房長官は、番記者やメディア関係者への面倒見がいいとされているが、既存メディアに頼っているわけではないのである。冒頭のインタビューでは、菅官房長官は2年前の誕生日に番記者からプレゼントされた革製バインダーをわざわざ持ち出し、番記者との親密さを明るみに出した。こうした行為によって菅官房長官が失うものはないが、メディア側は、読者・視聴者から政治との距離感に不信感をもたれ、権力と対峙する力をそがれていく。

「将来の首相候補」と目され、今回の内閣改造で初入閣した小泉進次郎環境相も既存メディアのあり方には冷ややかだ。

 自民党総裁選を前に動向が注目されていた2018年6月、小泉氏が自民党の若手国会議員らとまとめた国会改革案を発表するときに選んだのは、ネットメディア「バズフィード・ジャパン」だった。

 2日前に事前にインタビューに応じ、小泉氏側で作成した概念図もちりばめた記事は「画期的な改革案」という見出しがつけられて、記者会見の5時間前に配信された。周到に準備された発信で、記者クラブに所属する既存メディアの記者からは「進次郎はメディアを選別するのか」と憤る声もあがったが、後の祭りだった。

 小泉氏はその後も「虚構のようなフレームをつくりあげるのが、通称『平河』といわれる(記者クラブ)」とメディアの編集への不信を口にし、ニコニコ動画の責任者にぶら下がり取材の全編中継を求めることもあった。

 そして、今年8月の滝川クリステルさんとの婚約発表は、事前告知しなくても各社の報道陣が集まっている首相官邸のエントランスを巧みに使い、祝賀報道を広げていった。

 政治記者を中心に、「昔の政治家は懐が深かった」と懐かしむ声は多い。確かにそうだったかもしれない。筆者も「参院のドン」と呼ばれた青木幹雄・元自民党参院会長の番記者をしていたときのことを思い出す。

「(青木氏は)身内へ受け継がせる環境が整うまで、漁協組合長から一代でつかみ取った政治家という『家業』を簡単に手放すわけにはいかないのだ」

 参院選を前に、そうした忖度なしの記事を載せた当日でも、青木氏は「どうぞ、お茶でも飲んでいきなさい」と迎え入れてくれた。しかし、こうした関係性は、メディアが情報の出口を独占していた時代の遺物である。そうしたノスタルジーに逃げ込まず、新たなモデルを創らなければならない。

 この数年間で急速に変質した政治とメディアの関係は、安倍晋三氏が首相の座を降りたとしても変わらない。むしろ、菅義偉氏や小泉進次郎氏、または外相時代の記者会見で不都合な質問に「次の質問どうぞ」と無視し続けた河野太郎防衛相のように、「ポスト安倍」の時代に、よりシビアな状況に陥っていくだろう。

 拙著『報道事変』で描いた危機の主眼はそこにある。だからこそ、従来型の権力との向き合い方を見直し、新たな時代を切り拓くメディアと市民の連帯へと踏み出していかなければならないのである。(新聞労連委員長・南彰)