韓国の対日政策は、WTO提訴再開、ユネスコに書簡送付と強硬姿勢が続いている。AERA 2020年7月13日号では、場当たり的ともとれるその背景に迫る。



*  *  *
 3週間前に行われた日韓外相電話協議から何の進展もなく、懸案だけがまた一つ積み上がった。6月24日にテレビ会議方式で行われた滝崎成樹外務省アジア大洋州局長と、金丁漢(キムジョンハン)韓国外交省アジア太平洋局長によるやり取りのことだ。

 増えた懸案とは、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界文化遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産」を説明する日本の施設のことだ。日本は登録の際、「意思に反して連れて来られ、厳しい環境の下で働かされた多くの朝鮮半島出身者らがいた」ことに理解を深める措置を取ると表明していた。

 金氏は、同月15日から一般公開が始まった産業革命遺産を紹介する産業遺産情報センター(東京都新宿区)の展示内容に、朝鮮半島出身者への差別を否定する証言などが含まれているとして、是正を要求。韓国は世界遺産登録取り消しの可能性を含め、日本に是正を促すよう、協力と支持を求める書簡をユネスコに送付している。

 他方、滝崎氏は日本側の措置に問題はないと、韓国側の要求を突っぱねた。日本政府関係者は「炭鉱の仕事は過酷だったが、朝鮮半島出身者の証言や給与体系などをみると、差別があったとは言い切れない」と語る。その他は同月3日の茂木敏充外相と康京和(カンギョンファ)韓国外相との電話協議の焼き直しに終わった。

 滝崎氏は、日本による半導体などの素材3品目の韓国への輸出管理強化をめぐり、韓国が世界貿易機関(WTO)への提訴手続きの再開に踏み切ったことに抗議。金氏は、日本が輸出管理措置を巡る日韓協議に前向きでないとして、提訴再開はやむを得ない措置だと反論した。滝崎氏は、徴用工判決で、日本企業の韓国資産が現金化されれば、日韓関係は深刻な事態を招くと警告。金氏は深刻な事態に陥る認識はあるものの、司法に介入できないとの立場を伝えた。

 どうしてこういう展開になるのか。それを解くカギは、文在寅(ムンジェイン)大統領が朝鮮戦争開戦70年にあたって同月25日に行った演説にある。文氏は戦争の惨禍と平和の重要性を訴えたが、同月16日に起きた南北共同連絡事務所の爆破など、北朝鮮による一連の軍事挑発や核・ミサイル開発を非難しなかった。「我が民族が戦争の痛みを受けている間、むしろ戦争特需を享受した国々もあった」と語った。

 これは名指しこそ避けたが、日本を批判する意味が込められている。韓国では、朝鮮戦争を語るとき、進歩(革新)系を中心に、日本の貢献には触れず、朝鮮半島を犠牲にして日本が経済発展を遂げたというとらえ方が一般的だからだ。日本政府関係者の一人は演説について「4月の総選挙で大勝し、2022年5月までの任期中、保守勢力の理解を得る必要はないと思い定めた結果かもしれない」とし、「南北政策で頭がいっぱいで、日韓関係に頭が回らないのだろう」とも語る。演説で遠回しに日本を批判したのも、民族和解を促すため、日本をダシに使った結果というわけだ。

 実際、最近の韓国政府の対日政策は場当たり的な動きに終始している。例えば、日本の輸出管理措置を巡るWTO提訴再開は、むしろ韓国にマイナス効果をもたらす可能性が高い。WTOの場合、手続き完了までに約2年かかるとされ、それまでに文大統領の任期が終わってしまう。しかも、WTOは最終的に裁定する上級委員会が機能停止に陥り、昨年12月から新規案件を受け付けられない状態だ。

 逆に、日韓関係筋によれば、輸出管理措置を巡る日韓協議を担当する経済産業省に対し、半導体など素材3品目を扱う日本企業から、措置を元に戻すよう求める陳情が相次いでいた。同筋は「日韓協議を続けていれば、WTOへの提訴再開より早く、韓国の希望がかなえられた可能性が高い」と語る。

 別の関係筋によれば、提訴再開を働きかけたのは、韓国大統領府の鄭義溶(チョンウィヨン)国家安保室長らだという。鄭氏らは、文大統領が3月1日、独立運動を祝う記念演説で日本を念頭に「未来志向の協力関係に向けて努力しよう」と呼びかけたのに、日本の対応が不十分だと指摘。日韓協議を担当する韓国産業通商資源省に提訴再開を指示したという。同筋は「度が過ぎた大統領への忠誠競争の結果だ」と語る。

 日本政府は公式には、輸出管理措置の強化は、日本企業に元徴用工らへの損害賠償を命じた韓国大法院(最高裁)の判決とは無関係とするが、実態は違う。政府関係者の一人は「輸出管理措置は、判決による日本企業の資産現金化を防ぐ唯一の手段であることは間違いない。韓国の動きで、むしろカードを失わずに済んだのも事実だ」と語る。(朝日新聞編集委員・牧野愛博)

※AERA 2020年7月13日号より抜粋