とかく日本人は「派」が大好きです。犬派・猫派はおろか、きのこの山派とたけのこの里派による本気な睨み合いまで起こるほど。他者の属性を把握し、自らのそれを明確にすることは、この国で円滑に生きていくための極めて大事なエッセンスと言えるでしょう。

「派」と聞いて最初に思い浮かぶのが政治です。タカ派・ハト派といった政治的思想はもとより、党内における派閥・流派の争いや駆け引きこそが政の真髄。まさに今この瞬間も、かくして次の総理大臣になる人物が決まろうとしているわけです。

 もちろん政治以外にも、私たちは「派」を拠り所にしながら日々生きています。例えば野球。昔からG党(ジャイアンツ派)と虎党(タイガース派)が永遠の宿敵としてセ・リーグを盛り上げてきましたが、さらにジャイアンツの中で「長嶋派・王派」のような、同じ土俵上で同時期に同等の活躍や人気を博した物や人に対する「派閥意識」が生まれます。別に無理矢理どちらかに肩入れする必要がないにもかかわらず、何故かいちいち「私は〇〇派」「あなたはどっち派?」と分けたがるのが世間の性です。

 以前、互いに「コスメ&航空オタク」である友人ふたりが、最初は仲良く共通の話題に花を咲かせている内に、「私は資生堂派」「私はカネボウ派」「私はJAL派」「私はANA派」と分裂していき、最終的に「アンタとは合わない!」と大喧嘩している場面に出くわしたことがあります。

 もうひとつ象徴的なのが「聖子派? 明菜派?」です。確かに長年比較されてきた2大歌姫ではありますが、その対立構図を前提にしなければ聖子や明菜を語れないというのは、甚だ無粋で短絡的です。他にも、古くはピンク・レディーに始まり、とんねるずやKinKiKids、はたまた荒井注派・志村けん派による「新旧ドリフ論争」、温子派・ゆう子派による「浅野論争」、そして杉山清貴派とカルロス・トシキ派による「新旧オメガトライブ論争」など、不毛な派閥議論は数知れずありました。最近はSNSの発達により、「〇〇派」とか「○○推し」は以前にも増して市民権を得ており、それらを主張する人たちにとって「派」や「推し」は、単なるプロフィールに留まらず、人格やアイデンティティの一部になりつつある勢いです。

 こういった派閥意識は、世間の「対立構図を好む傾向」と共に、「二兎追う者は一兎も得ず」「贅沢を言うとバチが当たる」的な日本特有の躾や美徳の影響も多分にあるのではないでしょうか。多くの人たちが、事ある毎に「どっちかひとつだけよ!」と親に言われて育ってきたはずです。「おにぎりかサンドイッチか」「そばかうどんか」「タレか塩か」「和式か洋式か」といったように、私たちは常日頃から二択を迫られて暮らしています。それが癖づいてしまっているのかもしれません。

 たまにエゴサをしていると、「マツコよりミッツ派!」と呟いている人に出くわします。敢えてマイナーな方を支持するのもまた、昔からよくある個性の主張方法です。「ミッツ派」であることが、その人にとっての「譲れないアイデンティティ」なのは嬉しいですが、やはりちょっと複雑です。

※週刊朝日  2020年9月25日号

■ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場〜語り亭〜」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する