日本学術会議新会員候補の任命拒否問題で、菅首相への批判が収まりをみせない。前政権と同じ体質が透ける。AERA 2020年10月26日号から。

※【菅首相「私はリストを見ていない」は“致命的な失言” 奇妙な会見を生んだ官房長官時代の「失敗」とは】より続く



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 中野晃一・上智大学教授(政治学)は、日本学術会議をめぐる騒動は、「菅案件」であると同時に「安倍案件」でもあると指摘する。

 中野氏によると、菅義偉首相は、自ら「安倍政権を継承する」と言いながら、一方で河野太郎氏を行革担当大臣に任命して行政改革を断行し、安倍政権との違いを見せようと躍起になっている。ただ菅首相を取り巻く面々は一部の経済産業省官僚を除いて継続していて、政権の体質もほぼ変わっていないと指摘する。

「政権が代わっても、結局、政権の骨格を担っているのは麻生太郎財務大臣、二階俊博幹事長のまま。この安倍から菅への継続性を理解しなければ、菅政権の本質は分かりません」

 複数のメディアが報じているように、この学術会議任命拒否の判断に関与していたのは杉田和博官房副長官(79)だと言われている。杉田氏は東大卒業後、警察庁に入庁。神奈川県警本部長を経て、内閣情報調査室長へ。2012年、第2次安倍政権の発足と共に官房副長官に就任した人物だ。

 公安警察出身の官房副長官は、後に日本プロ野球コミッショナーとなる川島広守氏(田中角栄・三木武夫内閣、1973〜76年)、「第二の後藤田」の異名で恐れられた漆間巌氏(麻生太郎政権、08〜09年)が有名だ。安倍政権が権力の中枢である官房副長官の座に公安警察のトップを据えた目的は、公安警察の影をちらつかせて府省庁の幹部人事を掌握することだったと中野氏は断言する。

「第2次安倍政権が真っ先に手を出したのは、法の番人と呼ばれる内閣法制局の局長人事でした。同局長には、法務・財務・経産・総務の4省から次長が昇格するのが慣例だったのですが、安倍政権は法制局経験もない外務省出身の小松一郎氏を政治任用して内閣法制局を骨抜きにした。その上で、14年の安保法制時には解釈改憲という禁じ手を断行したのです」

■たてつく学者らを排除

 安倍政権は、これまで中立性、独立性を保ってきた団体や組織を敵視し、その人事に手を付けるのが常套手段。実は今回の学術会議任命拒否も、14年の安保法制の延長線上にあると別の政府関係者は証言する。

「安保法制の時に反対の急先鋒だったのは、全国の学生と学者でした。その後、16年に軍事研究、武器輸出などの分野で産官学が一体となって取り組むという方針を政府が決定した際、真っ正面から反対したのが学術会議だったのです。こうした過程の中で、杉田副長官を司令塔にして政府方針にたてつく学者を排除しようという動きが始まり、実際、この頃から政権による学術会議への人事介入は始まっていたのです」

 26日から始まる臨時国会を前に、菅政権は問題にピリオドを打つため学術会議そのものを行革の名の下に再編成しようと動き出している。「なぜ6人が除外されたか」ではなく「学術会議そのものが税金の無駄遣いだ」というご飯論法だ。

「菅政権は行革の必要性を、省庁間の縦割りの壁の打破と言っています。しかし本当に問題なのは官邸官僚による支配であり、重要なのは立憲主義を取り戻すことです。安倍首相は復古主義で、ある意味でこの国をどうしたいか明確だった。しかし菅首相は、携帯料金の値下げ、省庁における印鑑やFAXの廃止など政策の中身は軽薄で、単なる権威主義。人事を駆使して省庁を支配し、屈服させるという陰湿さを感じます」(中野氏)

 菅氏の周辺には「首相は忙しくて全ての文書に目を通す暇はない」と「見ていない」発言を擁護する者もいる。しかし本当に問われているのは「誰が、どんな理由で排除したか」だ。野党幹部はこう意気込む。

「結局、説明できないことを強引に押し通せば、モリカケの二の舞いになる。足元が揺らぎ始めたら、菅政権は長く持たないのではないか」

(編集部・中原一歩)

※AERA 2020年10月26日号より抜粋