批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 陰謀論の影響力が話題となっている。きっかけは昨年末の米大統領選だ。トランプ陣営は結果が確定したあとも不正選挙を訴え続け、1月6日には連邦議会議事堂が襲撃される事件さえ起きた。襲撃者の多くは「Qアノン」と呼ばれる陰謀論を信じているといわれ、日本にも支持者がいる。

 Qアノンは、小児性愛者による世界規模の秘密結社があり、それが米国政治を支配しトランプに攻撃を仕掛けているというもので、常識で考えればじつに荒唐無稽な説である。だからこそ逆に、支持の拡大は深刻な問題だといえる。Qアノン以外にも、ネットを覗けば様々な陰謀論が見つかる。

 なぜ人々はかくも幼稚な物語に飛びつくのだろうか。ひとついえるのは、いまは陰謀論こそが人々の「意味への渇望」を満たしてくれるものになっているということだ。

 それは心の問題というよりも社会の問題である。私たちは多様性を肯定するリベラル社会に生きている。それはすばらしいことだが、厳しいことでもある。社会は複雑だ、価値観も多様だ、なにが正しいかは自分で決めろといわれるばかりで、生きる意味をだれも与えてくれないからだ。

 筆者はかつて、現代の文化産業では「大きな物語」が有効に機能しないので、「大きな非物語」と「小さな物語」だけが残ると議論したことがある。一方にプロットや登場人物のデータベースがあり、他方ではみな勝手にそこから好きな物語を引き出す、そういう制作方法が主流になるという主張で、実際のちに現実となった。漫画やアニメを念頭に置いての分析だったが、Qアノン騒動が示しているのは、いまや政治まで同じ歪みを抱え始めているということである。現代政治には大きな物語がない。陰謀論はその欠落につけこんでいる。陰謀論は、いわば「大きな物語のふりをした小さな物語」なのだ。

 陰謀論の跋扈はどうしたら止まるだろう。SNSの規制が議論されているが、根本的な解決にはなるまい。人間は意味を求める動物である。その欲望にどう向かい合うか、政治家や知識人があらためて考えるべきときが来ている。

東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

※AERA 2021年2月15日号