21年版の防衛白書が公表された。中国の防衛政策についての記述が、米国の3倍。中国の軍事力強化の驚異的状況をグラフや写真などで強調し、中国側の日本周辺での問題行動についてもデータを使って鮮明に描き出している。



 表向きの言葉はともかく、この白書で政府が国民に伝えたいのは、中国の軍事力の強大化により、日本はもちろん米国でさえ対抗することが難しくなったという「中国脅威論」であり、さらに「中国悪玉論」である。

 もう一つ、「台湾情勢の安定は、わが国の安全保障や国際社会の安定にとって重要」であると初めて明記して、台湾問題の重要性を国民に印象付けようとしている。

 このストーリーは、日米連携で進められている。例えば、「台湾や日本周辺有事を想定した紛争シミュレーションで、米軍が中国に敗北するケースが常態化しつつある」という米軍筋の話。さらには、インド太平洋軍のデービッドソン司令官の「中国が今後6年間で台湾に関して武力行使を行う危険性が高まっている」という証言などは、中国脅威論、悪玉論を煽り、軍事費拡大と日米両軍の一体化推進に貢献する。

 さらに、この議論の中心に台湾を使うのも非常に効果がある。特に日本人は、台湾にとても好意的だ。台湾は、親日的で、東日本大震災の時に真っ先に多額の支援金を届けてくれた。最近では、オードリー・タンIT担当相に象徴される「クール」なイメージもある。そんな友好国台湾が、巨大な「悪玉」中国にやられるのは許せないというのが自然な国民感情となる。

 しかし、その純朴な心情が、台湾有事と結びつくと非常に危険だ。台湾を助けるために同盟国アメリカが武力行使に踏み込むのなら、「当然」日本も米軍と協力して台湾防衛のために戦うべきだとなる可能性があるからだ。

 現に、麻生太郎財務相は、「台湾で大きな問題が起きれば『(集団的自衛権行使を可能とする安全保障関連法の)存立危機事態に関係する』と言ってもおかしくない。日米で台湾を防衛しなければならない」と発言した。菅総理は、4月のバイデン米大統領との首脳会談で、台湾海峡という言葉を共同声明に入れた。これで、台湾有事の際に「自衛隊を出すことまでは考えてませんでした」などとは言えるはずもない。

 麻生発言について、メディアは厳しく批判・追及しなかった。さらに、日本経済新聞の4月の世論調査では、日本の台湾海峡の安定への関与について74%が「賛成」で反対はわずか13%。野党支持層でも「賛成」が77%だった。国民世論の前のめりの姿勢は驚くほどだ。

 だが、こんな馬鹿げた話はない。日本が台湾防衛に兵を出しても、台湾は日本の尖閣諸島の対中防衛戦に兵を出すことはない。台湾自身が尖閣諸島の領有権を主張しているからだ。

 一方で、台湾防衛のために日本が米軍と共に戦えば、中国のミサイルが、沖縄はもちろん本土の米軍や自衛隊の基地などに飛んで来て多くの死者が出る。台湾という異国の地の話だと安穏としていると、ある日、突然ミサイルが飛んで来てやっと危機に気付くのだ。

 国民は、五輪の陰で進行する戦争への危機に早く気付き、秋の衆院選で、それに対してはっきりとノーを突き付けなければならない。

※週刊朝日  2021年7月30日号

■古賀茂明(こが・しげあき)/古賀茂明政策ラボ代表、「改革はするが戦争はしない」フォーラム4提唱者。1955年、長崎県生まれ。東大法学部卒。元経済産業省の改革派官僚。産業再生機構執行役員、内閣審議官などを経て2011年退官。近著は『官邸の暴走』(角川新書)など