自民党総裁選は実質、菅首相と岸田氏の一騎打ちになる見通しだ。だが、党内からこの総裁選は「二階政局だ」と指摘する声が漏れてくる。AERA 9月6日号から。



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「あんなに地味で何をしたいか分からない人が、現総理と比べるとまだ良く見えるんだよな。本人は実直でいい人だよ。だけど実績と知名度が決定的にない。オーラがないとでも言うのかな。新幹線に乗っていても、誰もあの人が政治家だと気がつかない。派閥の領袖なんだよ」

 テレビに映し出される映像を見ながら、ある自民党幹部はそう皮肉たっぷりに訝った。

■岸田氏が不文律を破る

 8月26日、昨年に自民党総裁の座を菅義偉首相(72)と争った岸田文雄・前政調会長(64)が、任期満了に伴う総裁選挙への出馬を表明。無投票再選を画策していた菅陣営は戦略を変更せざるを得なくなった。総裁選には岸田氏の他に、高市早苗・前総務相(60)、下村博文・現政調会長(67)らも出馬をにおわせているが、事実上、菅首相と岸田氏の一騎打ち。告示は9月17日、投開票は29日と決まった。

 しかし、現時点では岸田氏を推す声は少数派だ。自民党関係者の一人は、党内第5派閥に甘んじる岸田氏では、出馬に必要な20人の推薦人は確保できても、全国の党員票を含めたフルスペックでの選挙になるとはいえ、当選は厳しいとみる。それに、岸田氏は会見で絶対に犯してはならない不文律を破ってしまったという。

「岸田さんは党役員の任期を『1期1年、連続3期までにする』と明言した。それは新総裁になったら、二階(俊博)幹事長(82)の続投はないと明言したに等しい。今の党内政治を回しているのは菅さんでも、岸田さんでもない。言い換えれば、これは『二階政局』なんですよ」

■総選挙は負け方の問題

 この岸田氏の挑発は、二階氏と対峙し、党内に隠然たる力を持つ安倍晋三前首相(66)と麻生太郎副総理兼財務相(80)を意識して、秋波を送ったものと言われている。ただ両氏は現段階では菅氏の続投を表向きは支持。岸田氏の狙いは、コロナ終息の道筋を示すどころか、感染爆発と医療崩壊を招いた党内の「菅批判票」だ。

 自民党総裁の最大の責務は「選挙の顔」だ。ただ菅首相は、直近の横浜市長選はおろか、今年に入って行われた補欠選挙、再選挙など主だった選挙に惨敗し続けている。そんな矢先、自民党に衝撃が走った。8月21、22日に自民党が秘密裏に行った衆院選の全国調査で、現有276議席から最大「60議席」を失い、単独過半数(233議席)を大きく割り込むという結果が出たのだ。安倍人気にあやかって当選した若手は惨敗必至。岸田氏は、日々高まる党内の菅首相批判の受け皿になれるのか。

 ただ菅陣営も黙ってはいない。岸田人気が高まればある奇策に打って出る可能性がある。それが、総裁選前の解散だ。自民党国対関係者は、菅首相がパラリンピック閉幕直後の臨時国会の召集に向けた準備を始めていると明かす。

「野党の求めに応じ、総裁選よりもコロナ対策だと言って臨時国会を召集。1週間の駆け足で補正予算を組む。国会さえ開いてしまえば、いつでも解散を打てるので、本当に解散カードを切るかどうかは別にして、岸田氏への十分な牽制になるという戦略でしょう」

 ただし、このタイミングでの補正予算には財務省は否定的だ。事務方のトップである矢野康治・財務次官は徹底した財政健全派だ。いずれにしても、総裁選挙は、自民党というコップの中の権力争いでしかなく、それによって確実に政治空白が生まれる。前出の自民党幹部はこう漏らす。

「前回の衆院選が勝ちすぎた。今回は新総裁が誰になっても負け戦。あとは負け方の問題。この感染爆発は誰の手にも負えない。政治家生命をかけて火中の栗を拾おうと本気で思う政治家はいませんよ」

(編集部・中原一歩)

※AERA 2021年9月6日号