9月29日、第27代自民党総裁に岸田文雄議員が決定した。

 これで事実上、岸田首相が誕生することになる。9月上旬、菅義偉首相が不出馬を表明してから自民党総裁選挙がはじまり、岸田文雄、河野太郎、野田聖子、高市早苗の4人が立候補。自民党国会議員と党員・党友によって投票が行われ、新しい日本のリーダーが誕生したわけだ。総裁選を争った4人について、出身校とその特徴、同窓生をみてみよう。

■岸田文雄氏

 岸田文雄は1957年生まれ。開成高校を卒業して東京大を目指したがかなわず、早稲田大に進んだ。

 開成には永田町・霞が関開成会(永霞会)という同窓会組織がある。同校OBの国会議員、省庁職員が集まる親睦会だ。現在、議員は9人、国家公務員は1府12省庁で約600人にのぼり、事務次官クラスが10人近くいるといわれている。

 開成OBの国会議員には東京大、官僚経由が多い(カッコ内は出身省庁)。

 上野宏史(経済産業省)
 小林鷹之(財務省)
 鈴木馨祐(財務省)
 城内実(外務省)
 鈴木憲和(農林水産省)

 永霞会事務局長の井上信治議員に「永霞会が開成OBを総理に、と盛り上がることはありますか」とたずねたところ、こう答えてくれた。

「開成から総理が生まれるのはうれしいけど、そのために永霞会を発足させたわけではありません。OBの政治家と官僚が国のために折に触れて協力し合えばいいと考えています」(「週刊朝日」2021年4月2日号)

 昨年の総裁選では菅義偉と岸田が争ったが、永霞会の開成OB議員は菅に投票しているという。これは同校OB議員が所属する派閥の事情によるものだった。

■河野太郎氏

 河野太郎は1963年生まれ。慶應義塾中等部、慶應高校から慶應義塾大経済学部に進む。総裁選でタッグを組んだ石破茂は高校から慶應に進み、慶應義塾大法学部というコースをたどった。

 慶應高校出身の国会議員はおよそ30人いるが、2世、3世が多い。父や祖父が大臣経験のある大物議員が並ぶ。(*は首相経験者)

 竹下亘 異母兄は竹下登*(17日に死去)
 福田達夫 祖父は福田赳夫*、父は福田康夫*
 岸信夫 父は安倍晋太郎、祖父は岸信介*で、岸家と養子縁組。兄は安倍晋三*
 石原伸晃、石原宏高 父は石原慎太郎 
 奥野信亮 父は奥野誠亮
 高村正大 父は高村正彦
 中曽根康隆 父は中曽根弘文、祖父は中曽根康弘*

 慶應高校出身の国会議員は「華麗なる一族」を持つ。このうち中曽根康隆の祖父、福田達夫の父と祖父、岸信夫の祖父と兄、竹下の異母兄は首相となった。逆に言えば、首相は親族を慶應高校に入れたがる傾向にあるということか。河野太郎の父、河野洋平、そして祖父・河野一郎も派閥、小グループの領袖であり、首相候補だった。

 だが、不思議なことに慶應高校出身の首相は生まれていない。慶應義塾大からは橋本龍太郎、小泉純一郎などの宰相が輩出したのだが、塾高出身は縁がない。

■野田聖子氏

 野田聖子は1960年生まれ。田園調布雙葉高校を中退してアメリカのハイスクールで学ぶ。田園調布雙葉の3学年下には雅子皇后がいた。同校には各界著名人の子女が通っていることでも知られる。長嶋茂雄の次女でスポーツキャスターの長島三奈、佐田啓二の長女で俳優の中井貴惠などだ。

 野田は帰国して上智大学外国語学部比較文化学科に入学する。現在の国際教養学部である。もともと上智大国際部と称していた。同学科は芸能人を多く送り出している。范文雀、ジュディ・オング、南沙織、アグネス・チャン、早見優、西田ひかる、リサ・ステッグマイヤー、クリスタル・ケイ、青山テルマ、はな、川平慈英、デーブ・スペクターなど。キャスターには安藤優子、山口美江、小牧ユカなどもいた。

 なお上智大出身の国会議員には平井卓也、西銘恒三郎、小林史明(以上、自民)、玄葉光一郎、山崎誠、松平浩一、今井雅人(以上、立憲民主)などがいる。同大学からは細川護熙元首相が輩出した。

 野田は1993年に初当選し、1998年には当時、戦後最年少の37歳10カ月で郵政大臣に就任する。このとき近い将来、初の女性首相誕生かと注目された。それから20年以上経ったが、今回も国のトップにはなれなかった。

■高市早苗氏

 高市早苗は1961年生まれ。野田と学年は一緒である。奈良県立畝傍高校の出身。うねびと読む。その由来について、学校史にこう記載されている。

「『畝傍』(うねび)という校名については、創立以来今日にまで続き、幾多の卒業生にとって無限の郷愁もたらす名称であるが、その由来を示す確かな記録は見当たらない」(畝高七十年史、1967年)

 そっけない。近くに畝傍山、畝傍御陵という古くからの地名があり、ここからとられたのではないかといわれている。

 同校卒業生はなかなかおもしろい。日本郵政初代社長で、三井住友フィナンシャルグループ社長をつとめた西川善文、舞踏家で大森南朋の父である麿赤兒、『試験にでる英単語』で受験界を一世風靡した元日比谷高校教諭の森一郎、中央公論社の社長だった嶋中雄作、元文部科学事務次官の前川喜平の祖父で和敬塾創始者の前川喜作など。多士済々だ。

 高市は大学入試で早稲田大、慶應義塾大に合格したが、親のすすめで神戸大経営学部に入学した。同大学出身の国会議員には山田賢司、繁本護(以上、自民)、吉川元(立憲民主)がいる。

 なお、神戸大経営学部の前身である神戸商業大出身には、宇野宗佑元首相がいた。

 1989年6月3日の宇野内閣発足後まもなく参議院選挙が行われるが、リクルート事件、消費税導入、宇野の女性問題報道で支持が得られず、自民党は大敗し、投票日翌日の7月24日に退陣を表明した。宇野の首相在任期間は69日、日本政治史上4番目の短さだった。

 このころ、高市は松下政経塾を卒塾したばかりで、国政選挙に出る準備をしていた1992年、参議院選挙で落選、1993年、衆議院選挙で初当選した。

 出身高校、大学のカラーと政治家は直接関係ない。だが、高校、大学をどのように過ごしたか、そこで、どのようなことを考え、何を目指したかは、その政治家の国家観を知るうえでヒントになる。そこで受けた教育、出会った恩師や先輩、築き上げた友人の力は大きいからだ。高校や大学で社会と向き合うようになったときのこと、やがて政治家になろうと思ったときのことなど、自身を振り返って語ってもらいたい。

<文中敬称略>(教育ジャーナリスト・小林哲夫)