「世界の警察官」路線の復活なのか。バイデン米大統領のアジア歴訪は、台湾防衛についての“前のめり”な発言が飛び出すなど波乱含み。それに同調するだけだった岸田文雄政権は、危険なゲームに巻き込まれようとしているのかもしれない。

*  *  *

 賽は投げられたのか。5月23日の日米首脳会談後の記者会見で、中国による軍事侵攻を念頭に「米国は軍事的に台湾防衛に関与する意思があるのか」と問われ、バイデン大統領は「イエス、それが我々のコミットメント(誓約)だ」と明言した。

 歴代米政権は中台関係の微妙なバランスに配慮し、台湾防衛の意思を明らかにしない「あいまい戦略」を取っており、政策の転換かと内外に驚きが広がった。

 バイデン氏は昨年2回、同様に台湾防衛の義務があるとの見解を示した。その度にホワイトハウスの報道官は火消しに追われ、台湾を自国領の一部と見なす中国側の原則を踏まえた「一つの中国」政策を維持していると釈明した。今回も翌日には、バイデン氏自らが「米国の政策は何も変わっていない」と修正。このため、失言だったとの見方もある。だが、米国政治に詳しいジャーナリストの堀田佳男氏はこう語る。

「バイデン氏は6期36年の上院議員時代は外交委員会の委員長を歴任するなど“外交通”として知られ、オバマ政権で2期8年、副大統領を務めています。重要な台湾問題で『一つの中国』政策を失念するわけがなく、ロシアのウクライナ侵攻を意識していることは間違いありません。発言をくり返すことで、『あいまい戦略』から『明確路線』に変えていこうとの意図が感じられます」

 実際、ロシアのウクライナ侵攻を抑止できなかったことが後押ししたのか、米国内でも同調する声が上がっているという。

「バージニア州選出の民主党の下院議員は『台湾問題をあいまいにしている時間は終わった』と発言し、アーカンソー州選出の共和党の上院議員は『米国の台湾政策は戦略的明確さへと軸足を移すべき』と語っています。対中強硬姿勢には民主・共和の区別はなく、バイデン氏には中国へのメッセージとともに、国内世論喚起の目的もあるのです」(堀田氏)

 過去2回の発言は米国内でメディアのインタビューなどに答えたものだが、今回は日米首脳会談から日米豪印(QUAD)首脳会合へと続く外交の舞台で飛び出した言葉だ。日本や各国の首脳に与えるインパクトは大きい。

 日米首脳共同声明では、「日米同盟の抑止力、対処力を強化」「日本の防衛力を抜本的に強化し、防衛費の相当な増額を確保」「中国の東シナ海、南シナ海における一方的な現状変更に反対」などの強い文言が盛り込まれ、日米同盟を基軸に対中強硬論に一致を見る形となったのである。

 シンクタンク「新外交イニシアティブ(ND)」代表の猿田佐世弁護士はこう指摘する。

「軍事力強化ばかりがうたわれ、外交努力や対話についてはほとんど触れられていません。昨年4月、当時の菅義偉首相とバイデン氏との共同声明でおよそ半世紀ぶりに『台湾海峡の平和と安定』を明記した時、ある中国研究者が『日米同盟が対中同盟になった』と警鐘を鳴らしましたが、今回はまさに対中同盟そのものです。米中覇権戦争に日本を巻き込んで、日米中対立の構図を確固たるものにした『巻き込まれサミット(首脳会談)』だったというほかありません」

 朝日新聞が5月3日の憲法記念日を前に実施した全国世論調査では、最近の日本周辺の安全保障をめぐる環境について、どの程度不安を感じるかとの設問に、「大いに感じる」は60%、「ある程度感じる」は36%。不安を感じる人が実に96%に上った。ウクライナ情勢が人々の心に影を落とし、世論は急変している。猿田氏がこう懸念を示す。

「ロシアの侵略行為は許されませんが、武器を持って戦うことを美化するような空気になっています。まずは、戦争を起こさせない環境作りが最優先ということが忘れられている。国を守ることより、個人の命のほうが大事だということは先の大戦の教訓であり反省です」

■中国の台湾攻撃 「失敗」した過去

 5月24日には、中国のH6爆撃機4機と、ロシアのTU95爆撃機2機が日本周辺を長距離飛行。翌25日には、北朝鮮がICBM(大陸間弾道ミサイル)1発を含む計3発のミサイル発射実験を行うなど、周辺各国は即座に反応しており、緊張は高まるばかり。昨年3月、デービッドソン米インド太平洋軍司令官(当時)は「27年までに中国が軍事力で台湾統一に乗り出す可能性が高い」と発言したが、台湾侵攻に現実味はあるのか。

 軍事評論家の前田哲男氏はこう話す。

「台湾政府がわざわざリスクを冒して『台湾独立』宣言することは現実にあり得ないので、中国も武力解放を行う根拠はなくなる。台湾海峡は最も狭いところでも130キロあります。台湾に侵攻するには強力な輸送船団、後方支援能力、継戦能力を築かなければなりません。中国南東部の港に船団が集結すれば、偵察衛星で察知されますから、やはり現実的ではありません」

 1949年の古寧頭(こねいとう)戦役などで、中国の人民解放軍は、中国本土・厦門(アモイ)湾口にある金門島や、馬祖島を攻撃したが、攻略することはできなかった。前田氏が説明する。

「中国軍は対岸の厦門などから激しい砲撃を加え、上陸戦を試みたのですが、島ぐるみで要塞化された金門島、馬祖島に阻まれ、失敗しています。中国はその先例をわきまえているはずです」

 自民党は、相手国のミサイル基地などをたたく「敵基地攻撃能力」を「反撃能力」と言い換えて保有を提言。政府は年内に「国家安全保障戦略」など安保関連3文書の改定を進める。また、自民党の佐藤正久外交部会長は5月、米シンクタンク「戦略国際問題研究所」のイベントで、ロシアや中国、北朝鮮のミサイル攻撃を抑止するため「北海道に中距離ミサイルを配備すべきだ」と言及した。

「冷戦時の“北の脅威”論が舞い戻ってきたかのようです。北海道でロシアと対峙し、南西諸島で中国を警戒し、北朝鮮のミサイルに備える。まさに旧日本軍が日中戦争を戦いながら、米国とソ連との戦争に備え、結局どの戦線でも敗れていった自滅の道『多正面作戦』の悪夢が蘇る」(前田氏)

 歴史はくり返すのか。(本誌・亀井洋志)

※週刊朝日  2022年6月10日号