最近多くのメディアが日本経済の「危機」を伝え始めた。今さら感もあるが、数年前まで「日本礼讃の報道が溢れていたのに比べると一つの進歩ではある。危機の認識があって初めて危機対応が可能になるからだ。

 しかし、岸田文雄首相や安倍晋三元首相など自民党首脳がそういう意味での「危機」を語ることはない。それどころか、30年前の日本の最盛期にタイムスリップしたのかと思う言葉さえ発する。

 日本の産業競争力は、衰退の一途を辿り、半導体でも脱炭素でも韓国や欧米先進国の後塵を拝している。それにもかかわらず、岸田氏や安倍氏は、日本が脱炭素という世界的課題解決のために先頭に立つ、米国、韓国、台湾と共に半導体サプライチェーンの安定化に貢献する、と勇ましい言葉を恥ずかしげもなく述べる。彼らは日本の経済産業の危機の本質を理解していないようだ。

 一方で彼らは、日本の安全保障の話になると、声高に危機だと叫ぶ。安倍総理の時には、北朝鮮のミサイル発射のたびに、全国瞬時警報システム(Jアラート)が発せられ、地面に伏せて頭部を守れなどと国民は脅されたものだ。

 最近は、明日にも中国が台湾を攻撃し、そこから沖縄、さらに本土も攻撃されるかもしれないと危機を煽り、沖縄にミサイル基地を、敵基地攻撃能力(反撃能力と言い換えたが)をと話をエスカレートさせ、そのために防衛費も対G D P比2%になどと声を上げる。

 しかし、日本には国民生活崩壊に直結する、より深刻な危機がある。しかも、それらの危機は、日本の防衛政策の根幹をも揺るがし始めた。例えば、少子高齢化は、自衛隊の定数割れを恒常化させ、弱体化を加速させる。国の債務は1200兆円を越え、戦争になって日本政府が戦費調達国債の発行をすれば、金利急騰で経済は大混乱に陥るだろう。戦争遂行は無理だ。

 そして、先端産業の消滅と言っても良いほどの没落。これは確実に軍事技術面での遅れにつながるとともに防衛費を賄う経済力の消失となる。幼児から大学院に至る全段階での深刻な教育格差は、将来を担う若者層のレベル低下につながる。

 また、深刻さを増すエネルギー危機に対しては、再エネよりも原発再稼働に熱心だが、日本海側にずらりと並ぶ原発を攻撃対象にされれば、日本はひとたまりもない。

 これらの危機への対応は後回しにして、軍備増強が最優先され、武器の高度化による表面的な戦争遂行能力だけが強化されて行くのを見ると、彼らは一体何を考えているのか不思議に思う。

 そんな折、岸田首相がバイデン大統領に媚びるように防衛費増額を約束する姿を見ていて私は思った。自民党歴代のリーダーたちの危機の判断基準は、米大統領を怒らせたら大変だということではないのか。

「(防衛)予算を増やさないとなったら笑いものになる」という安倍元首相の言葉もそうした意識に連なる。欧米列強のリーダーに誉められることで彼らに伍する地位を得たと思いたい。それが自民リーダーたちの「自己実現」なのだ。だからその達成が危ういとなれば、彼らにとっての危機となる。とんでもない「危機意識」だ。

 岸田首相は、自らの自己実現の危機ではなく、国民生活の危機への対応に全力を傾けるべきだ。

※週刊朝日  2022年6月17日号から