唯一の同盟国である米国との関係をどう進めるか。日本政治が抱える大きな論点が、「防衛費増額」の大合唱に押されて消えつつある。AERA 2022年7月4日号の記事から。

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 ロシアによるウクライナ侵攻が国際秩序を揺るがし、中国の台頭が日本の安全保障を脅かす事態に、与野党とも「日米同盟の強化」「防衛費の増額」の大合唱だ。外交・安全保障の対立軸は保守へ大きくシフトした。

 だが、強化される同盟の先を見据えた議論は乏しい。真に問われるのは、未来に向けた外交の構想力である。

 岸田文雄首相は5月下旬のバイデン米大統領との首脳会談で、日米同盟を強化する方針を確認。日本の防衛力を「5年以内に抜本的に強化」し、防衛費の「相当な増額を確保する」と表明した。防衛費について、国内での議論を積み上げないまま「増額」を他国のトップに約束するという異例の判断である。

 背景にあるのは、ウクライナ危機と中国の台頭だ。軍事同盟である北大西洋条約機構(NATO)に加盟していなかったウクライナがロシアに狙われ、多くの人命を失っている。日本にとっては、日米同盟で他国からの侵略を防ぐ「抑止力」の重要性が改めて認識された。岸田政権はさらに主要7カ国(G7)の一員としてウクライナへの経済支援や避難民受け入れも強化している。

「防衛費増額」の大合唱

 一方で、中国は南シナ海や東シナ海での軍事活動を活発化させ、台湾侵攻の意図も隠そうとしない。中国を「最大の競争相手」と位置付けるバイデン大統領は、今回の首脳会談後の記者会見で台湾防衛に関与する意思を問われ、「イエス」と即答。台湾問題では一歩も引かない姿勢を明確にした。

 バイデン政権は経済、軍事の両面で中国に向き合う。経済面で米国はインド太平洋経済枠組み(IPEF)を新設し、日本やインド、東南アジアの主要国を巻き込んで半導体のサプライチェーンなどを構築していく。米国の東アジア戦略にとって日本の防衛力強化は欠かせない。その要請に応えたのが、岸田首相の「防衛費の相当な増額」といえるだろう。

 防衛費増額の流れに勢いづく自民党は、国内総生産(GDP)1%程度の防衛費を5年以内に2%以上に増やすべきだとの公約を掲げる。公明党も増額を容認する方針だ。野党でも維新は「GDP2%」に同調し、国民民主党も増額論を唱える。立憲民主党は「総額ありきは認められない」という立場だが、一定の増額には理解を示している。共産、社民両党は防衛費増額に反対しているが、「増額」の大合唱に押され気味だ。

主な争点は内政問題

 ロシアのプーチン大統領がウクライナ侵攻の中で「核兵器の使用」をちらつかせたことに対しても、新たな反応が出てきた。日本がロシアなどの核の威嚇に対抗するには、米国の核兵器を日本に配備する「核共有」を議論すべきだという声が出てきた。安倍晋三元首相や維新の幹部らが表明。これに対し、岸田首相は「非核三原則を堅持し、核共有は議論しない」と明確に否定し、見解が分かれている。

 右派の「核共有」論と共産党など左派の「防衛費増額反対論」という左右の極論を除けば、日米同盟を強化し、防衛費を増やすべきだという見解は与野党の多数派になっている。

 ロシアの脅威に直面するドイツでも、社会民主党のショルツ首相が軍事費の大幅増額を決断。NATO基準のGDP2%以上を目指す方針だ。さらにウクライナに最新兵器を送って全面支援する。一連の安全保障政策の転換は、与野党の大筋合意を踏まえたものだ。

 日本にとってはウクライナ侵攻に加え、中国の軍事的台頭という現実が重くのしかかる。当面は左右の極論を除く与野党の多数派が合意を探り、防衛費の増額を着実に進めていくことになるだろう。今回の参院選で日米関係を含む外交・安全保障政策が激しい対立点にならないのは、こうした事情があるためだ。

 むしろ与野党の主要な対立軸は、物価高騰対策や格差是正、教育改革などの内政問題が中心になりそうだ。欧米でも、外交・安全保障ではウクライナ支援と軍事費増額で国内の大方の合意が形成され、政治の焦点は格差など内政課題に絞られている。日本の外交・安全保障の議論も欧米に近づきつつある。

 そこで問われるのは日米同盟強化の先を見据えた議論だ。

 主な論点は三つ。第1にウクライナ危機は、国連がロシアの拒否権発動などによって機能不全に陥っている現実を見せつけた。代わってG7やNATOが民主主義諸国の連携の場となっている。NATOにはフィンランドとスウェーデンが加盟申請するなど影響力を拡大している。日本がこうした枠組みにどう協力するかが焦点だ。

 日本は米国とともに「自由で開かれたインド太平洋構想」を進め、日米豪印の4カ国会合「クアッド」での連携も重ねてきた。中国に対抗する意味合いが強かったが、ウクライナ危機を受けて中ロに対抗する「アジア版NATO」をめざす動きが加速しそうだ。

政界再編の可能性も

 第2に中国との向き合い方である。経済・貿易で中国に依存し、安全保障では米国との同盟関係を維持してきた日本の立ち位置は、欧米とは異なる。中国に市場原理や民主化の重要性を説きつつ、米国の対中強硬策にも同調するという選択は容易ではないが、日本にとっては避けられない道だ。与野党のリーダーには、そうした中長期の外交戦略を打ち出し、国民の理解を得るという作業が求められる。

 第3に米国との関係である。冷戦後の30年間で、日米同盟の対象範囲は、両国間の安全保障の枠組みを超えて、アジア太平洋、さらにインド太平洋へと拡大してきた。ウクライナ危機と中国の台頭を踏まえて、日米同盟をさらに強化するなら、(1)どのような理念と長期戦略に基づくのか(2)そのうえで日本の防衛力整備をどう進めるか(3)財源はどう確保するか──といった本質的な議論が欠かせない。

 憲法や非核三原則、専守防衛などの基本方針は見直すのかという議論も熱を帯びる。岸田首相はいずれも慎重姿勢だが、自民党内の対立が激しくなるのは間違いない。それは、与野党全体を巻き込んだ政界再編につながる可能性をはらんでいる。(政治ジャーナリスト・星浩)

※AERA 2022年7月4日号