ジャーナリストの田原総一朗氏は、岸田内閣の危機を明らかにする。

*  *  *

 7月8日、奈良市内で参院選の街頭演説をしていた安倍晋三元首相が銃撃され、死去するという事件が起きた。

 元海上自衛隊員の山上徹也容疑者は、「母親が宗教団体にのめり込んで家庭が崩壊した。安倍氏がその宗教に“お墨付き”を与えたと思い、狙った」と供述しているようだ。

 その宗教団体は旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)で、1980年代につぼや印鑑などを高値で売る「霊感商法」や、信者になった著名人が参加した「合同結婚式」などで騒ぎになった、いわば過激な宗教である。

 統一教会は、発祥の地である韓国では信者がさほど多くなく、日本を中心に広がったのだと見られている。そして、今回問題となった高額の寄付は、世間の感覚とは違っていて、億単位の寄付を求めるのだという。

 創立者の文鮮明が日本での布教に力を入れたとき、安倍氏の祖父である岸信介元首相が力を貸したのは確かなようだ。そして昨年9月、教団の関連団体による集会に、安倍氏はビデオ動画による演説を寄せている。

 それを山上容疑者は、安倍氏が“お墨付き”を与えたと受け取ったのであろう。

 どのような事情があるにせよ、殺人を認めるわけにはいかないが、私は安倍氏の死去が自民党に及ぼす影響について、少なからぬ不安を抱いている。

 岸田文雄首相は政治におけるほとんどの事案について、安倍氏と相談してきた。そして、安倍氏が十を主張すると、八くらいを取る、つまりややリベラルな決断をしてきたのである。岸田首相が属する宏池会というのは、池田勇人氏以後、ハト派の会派である。

 岸田首相は、安倍氏がいなくなることで、どんな決断をするのか。

 そもそも、自民党最大の派閥であった安倍派を一体どの政治家が受け継ぐのか。残念ながら、安倍氏ほど指導力のある政治家はいない。どうやら、当分はある種の集団指導体制で行くようだが、このような体制は長くは続かない。

 もしかすると分裂する恐れもある。それ以前に、他の派閥が安倍派の政治家の引き抜きを図る可能性もある。

 衆院選は3年も先だ。この3年間はどの派閥も安心して派閥抗争に明け暮れることができるのではないか。岸田首相が派閥抗争をうまく抑え込めればよいが、もしも抑え込みに失敗すれば、岸田首相降ろしが始まるのではないか。

 それに、岸田首相はいくつもの超難問を抱えている。

 まずは経済危機だ。この30年間、それなりに経済成長をしてきた欧米の国々に対し、日本はまったく成長していない。2012年から始まった第2次安倍政権で、安倍首相は日銀の黒田東彦総裁と組んで、異次元の金融緩和と思い切った財政出動を敢行したが、経済成長はなかった。

 さらに、自民党の歴代首相は安全保障を主体的に考えるのは危険だとして、米国に委ねてきたが、米国が実質的に世界の警察であることを放棄して、日本は主体的な安全保障を構築しなければならなくなった。この危険極まりない仕事を、一体どのようにすればよいのか。いずれも、岸田内閣が対応しなければならないのである。

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年生まれ。ジャーナリスト。東京12チャンネルを経て77年にフリーに。司会を務める「朝まで生テレビ!」は放送30年を超えた。『トランプ大統領で「戦後」は終わる』(角川新書)など著書多数

※週刊朝日  2022年8月5日号