岸田文雄首相は世論を読めていない。大臣の更迭判断の遅れや的外れな政策で批判を浴びるばかり。それは内閣支持率の低さにも表れている。岸田首相の何が問題なのか。2022年11月28日号の記事を紹介する。

*  *  *

 なぜ、鈍感であり、かつ判断に方向性が見えないのか。社会学者で筑波大学教授の土井隆義さんは、岸田首相の姿は現代に生きる私たちの社会の「合わせ鏡」でもあると分析する。

「1990年代から社会学で指摘され始めた『仲間以外はみんな風景』という言葉を想起します。仲間内で非常に気を使い合っているため、それ以外には気を回す余裕がなくなり、単なる風景と化してしまう。岸田首相も党内の他派閥への配慮に敏感過ぎることで、国民の動向には鈍感になっているように見えます」

 社会学では、前期近代(90年代半ばごろまで)が「包摂型社会」、後期近代(90年代後半以降)は「排除型社会」だとする考え方があるという。たとえばマイノリティーに対しても、その人々を「のみ込んで(包摂して)マジョリティーの色へ暴力的に染め直してしまおうと」したのが前者であり、「多様性の尊重とは言いつつも、自らの懐の内にまでは受け入れずにすみ分けようとする(風景としてのみ見る)」のが後者だ。土井さんには、安倍元首相は前者の人間、岸田首相は後者の人間に映る。

「安倍元首相は、自分と価値観の違う人を強制的にのみ込んで『こっちを向け』という先導型。他方、岸田首相は『おれの色に染まれ』とは言わない調整型。だから、当初は国民からすると『癒やしの岸田』という声もあった。でも、配慮しているようで実は放置するだけになっている。国民を『配慮の外部』にしてしまっているように見えます」

「強制的にのみ込もうとする人には方向性が明確にあり、周囲からもそれが見えやすい。他方、配慮の人は、他人(つまり国民)を統御することに躊躇(ちゅうちょ)するので方向性を明確には示しにくい」

 安倍政権と同じく前期近代型だった菅政権にも疲れてしまった私たちは、正反対である岸田首相の登場に癒やしを見た。でも、今は正反対であることが裏目に出て、支持率の急速な低下につながってしまっている。

「岸田首相は、安倍元首相のような『理念達成のためのパフォーマンス』を重視したリーダーではなく、『関係性を重視した調整機能』に重きを置いたリーダーです。そのため方向性が見えにくい。性格が違うのでそれは仕方ないとしても、いま問題なのは、その関係性重視の目が国民ではなく、内(党)へ向きがちになっていることです」

 この先どうなるのか。法政大学大学院教授(現代政治分析)の白鳥浩さんはこう見る。

「支持率は好転せず、岸田首相の悲願の一つである『首相として来年5月の広島サミット(主要7カ国首脳会議)をやる』にも暗雲が立ち込める可能性があります」

 挽回(ばんかい)の策はあるか。「外交の岸田」としては17日の日中首脳会談などをアピールポイントにしたいところだが、白鳥さんは経済面で「国民を取りこぼさないこと」を挙げる。

「その意味がわかりにくかった『新しい資本主義』に代わるもの、物価高に対して国民にわかりやすい経済対策を示すことです。『インベスト・イン・キシダ(岸田に投資を)』とも言っていましたが、若い人に投資をできるお金があるわけもない。初めから取りこぼす国民がいることを確信犯的に政策としてやっていたのでは国民の分断にもつながりますし、今後も世論から受け入れられないと思います」

(編集部・小長光哲郎)

※AERA 2022年11月28日号を一部改変