年が明けて心機一転。岸田文雄首相もそう考えているところだろう。だが行く先にあるのは茨の道だ。物価高に国民の不満は募り、唐突に打ち出した防衛増税には自民党内からも異論が出る。岸田氏にこの難局が乗り切れるのか、それとも力尽きるのか……。政治ジャーナリストの星浩さんが現状を解説する。

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 この正月、岸田文雄首相は経済界などが主催する会合に次々と出席し、愛嬌を振りまいた。だが多くの出席者の関心は「この政権はいつまで持つのか」。不祥事続きで4人の閣僚が辞任。防衛費増額とその財源をめぐっては与野党から反対論が噴出し、物価高には国民の不満が募る。岸田首相は通常国会、統一地方選、そして経済の再生といったハードルを乗り越えられるのか。力尽きて退陣となれば、政界は大乱の時代に入るだろう。

 岸田首相は5日、経団連の新年パーティーに出席した。「インフレ率を超える賃上げをお願いしたい」と要請。引き続き政権運営を進める決意を示した。

 とはいえ、岸田政権の前途は多難だ。第1のハードルは23日に召集される通常国会。野党は攻勢を強める構えだ。まず、防衛費の増額とその財源。岸田首相は「5年間で43兆円」と明言。それまでの27兆円からの大幅増額で、財源は歳出削減のほか法人税、所得税(復興特別所得税)、たばこ税から1兆円強をひねり出すという。

「歳出削減分は赤字国債減らしに充てるべきだ」「法人税を上げれば、大企業が賃上げに慎重になる」「復興特別所得税の転用だ」など突っ込みどころ満載だ。「防衛費増額を国会で説明する前に訪米してバイデン大統領に伝えるのは国会軽視だ」との批判も出ている。

 第2のハードルが4月の統一地方選。41道府県の議会議員選挙をはじめ多くの自治体で選挙がある。野党の立憲民主党や維新の会が候補者を立てられず、自民党の「不戦勝」となる選挙区もあるが、都市部では苦戦も予想される。安倍晋三元首相の死去に伴う衆院山口4区などの補欠選挙も予定されている。世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と自民党の癒着に加え、防衛費増額や物価高が自民党への逆風となることは間違いない。

 安倍、菅義偉両政権が「強権批判」を浴びていたのに対して、岸田首相の「聞く力」や「リベラル」「ハト派」の姿勢には、自民党支持者だけでなく無党派層からも期待があった。だが安倍氏の国葬を独断で決めたことに始まり、旧統一教会問題には明確な対応を打ち出せず、防衛費の増額も十分な説明なしに突っ走った。期待は失望に変わっている。岸田政権への不満が募り、道府県議選で自民党が議席を減らすようだと、党内では「岸田首相で次の衆院選が戦えるのか」という疑念が一気に高まるだろう。

 第3のハードルが経済だ。米国はインフレ抑制が最優先で高金利が維持される。中国は新型コロナウイルスの感染拡大で景気回復は望めない。日本も2022年12月の日銀による「事実上の利上げ」で、長く続いてきた金融緩和が修正されていくだろう。防衛費増額の財源に法人税引き上げが想定されている中で、大企業は大幅な賃上げには慎重になる。そうした情勢で景気回復は見込めない。物価高の中で実質賃金が下がり、人々の暮らしが厳しくなるようだと、政権批判が強まるのは避けられない。岸田首相は21年秋の政権発足直後には、富裕層増税を掲げていたが、株価下落を見てそうした格差是正策は先送りされた。23年も格差是正に手をつける様子は見られない。「経済無策」が政権にとって致命傷になる可能性がある。

 岸田首相は1月の欧米各国訪問をはじめ「外交での得点」を狙う。5月に広島で開くG7サミット(主要7カ国首脳会議)に向けて、参加各国首脳との連携をめざす。サミットでは、議長としてウクライナ支援を確認するほか、台頭する中国への共通認識を取りまとめたい考え。だが、外交は一時的に注目されるとしても、政権の浮揚力にはなりにくい。景気低迷で暮らし向きが苦しくなる国民にとっての関心は、外交よりも経済や社会保障の具体策だろう。

 防衛費増額で増税を打ち出した際、岸田首相は「決定プロセスに問題ない」という考えを強調したが、世論の反応は違った。ロシア・ウクライナ戦争や中国の軍事的台頭の中で防衛費増額とある程度の増税はやむを得ないという反応がある半面、政府・与党内の決定が唐突で説明不足という意見が多数を占めている。岸田首相が「防衛政策の大転換」と言うならば、国民への説明も従来のやり方を超えた「大転換」が求められるはずだ。

■亀裂深まる自民 結束強まる野党

 1989年に消費税を導入した竹下登首相は全国各地で消費税に理解を求めるタウンミーティングを開催。粘り強く説明して関連法の成立にこぎつけた。2005年に郵政民営化を実現した小泉純一郎首相は、竹中平蔵氏を担当閣僚に起用。「広告塔」としてメディアで説明させた。いずれも国民に反対論の多い改革を成し遂げるための知恵だったが、岸田政権にはそんな工夫が見られない。

 増税案への反対が野党だけでなく自民党内でも高まり、統一地方選での敗退で岸田政権が行き詰まった場合、政局のカギを握るのは菅義偉前首相の判断だろう。菅氏は二階俊博元幹事長や森山裕選挙対策委員長らと会合を重ね、中堅・若手議員とも交流して影響力を保っている。菅氏が岸田首相に協力して政権の立て直しに動くのか、それとも河野太郎デジタル相などを擁立して岸田首相に対抗するのか。自民党内の関心を集めている。

 防衛費増額の財源をめぐっては、国会審議の中で岸田首相が「増税」を明確に打ち出さざるを得ない。一方で自民党内では安倍派を中心に増税反対論が強く、菅氏らの動き次第では自民党内の亀裂が深まりそうだ。野党側は政権内の足並みの乱れを突いて、統一地方選での追い風としたい方針だ。岸田首相は自民党内の反対論を抑えつつ野党の攻勢に向き合うという両面作戦を強いられる。野党第1党の立憲は、22年夏に岡田克也幹事長、大串博志選挙対策委員長という軸ができて党内の結束が強まってきた。維新との連携も進み、与野党の対決は激しくなるだろう。安全保障や経済再生など日本が抱える課題はかつてなく重い。課題を解決して岸田政権が立ち直っていくのか、解決できないまま政権が崩壊し、与野党入り乱れての政界再編は動き出すのか。波乱含みの23年政局が幕を開けた。

※週刊朝日  2023年1月20日号