今も鮮明に記憶に残っているピッチングがある。

 楽天のセットアッパーを務める福山博之が大学4年生の春に登板していた時のことだ。相手は、同学年で下級生の時から活躍してドラフト候補と騒がれた小林寛(DeNA)率いる大阪学院大だった。



 スカウトの目当ては小林で、評判にたがわぬ安定感のあるピッチングで福山のいた大阪商業大を完封。だが、福山も負けじと8回3分の1を1失点と好投をみせていた。

 ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。

 インコースにストレートを勢いよく投げ込んだかと思うと、腕を振ってカーブ、スライダーを全力で投げ込んでいた。

 身長が投手としては小さい方(172cm)だから、即プロ候補という印象は沸かなかったが、相手の小林があまりにも安定しすぎていたことで、逆に凄味に欠けているように感じた。そのため、遮二無二ミットをめがけて投げ込む福山の姿にインパクトを与えられたのかもしれない。

 その福山が、である。

 2010年、日本ハム・斎藤佑樹らで沸いた「大豊作のドラフト」で、大学生投手として一番最後に横浜(現・DeNA)に指名された、福山がである。

 12年オフに受けた戦力外通告の果てに、たどり着いた楽天でとんでもないピッチングを繰り広げている。今季の前半戦36試合に登板し5勝0敗、15ホールド1失点(自責点は0)。パ・リーグの首位を行くチームで、主に7回を任され、勝利の方程式を形成している。

 防御率は0.00。

 恐ろしい数字だ。

「特にないっすよ。一日一善じゃないっすけど、前も先も見ずに足元だけをみて1日1日を大事にしています」

 好調の要因を尋ねると、そっけない言葉が返ってきた。

 食えぬ男だ。大学時代からつかみどころのないインタビュアー泣かせの選手だった。ただ、彼は決して取材が嫌いなわけでも、話をするのが苦手なわけでもない。そして、記者をからかっているわけでもない。

 不思議系アスリートなのだ。

 島根県出身。野球を始めた時は内野手だった。小学生時代に全国大会に投手として出場した経験もあるが、それ以降は投手としてのさしたる実績はなし。中学は地元の軟式野球チームに入り内野手。県大会で優勝の実績をひっさげて大東高に進学。ここでも1年春からレギュラーをつかみ、二塁手として活躍した。甲子園出場はない。

 高校卒業後は大商大へ進学したが、野球推薦の入学ではなく一般試験を受けて合格した口だ。その際、ようやく投手を志した。

「ピッチャーをずっとやりたいなというのはあったんで、大学に入ったんでやってみようかなと。将来的にプロを目指してとかは考えてではないです。友達からも『それええんちゃうか』と言われて、とりあえず4年間、野球部を辞めずに頑張ろうと思いました」

 大学では1年秋からベンチ入り。1年秋に初勝利を挙げ、そこからメキメキと力を付けた。球速が上がり、もともと得意だった、スライダーなどの変化球を駆使するパワーピッチで頭角を現した。

 冒頭の小林との投げ合いはその成長の果ての快投だった。

 しかし、このときでも、まだ福山にプロ志向があったわけではなかった。実際に、スカウト評があがったのはこの試合からだが、本人にそのつもりは皆目ない。

「特に、プロを意識して投げていたわけではなかったんで、その試合にスカウトが来ていたとか知らんかったし、僕のピッチングが、いつ見られていたのかも知らない」

 では、プロをいつ志したのか。

「春のリーグ戦が終盤になって、同級生の就職が決まり出してからです。ぽつぽつと内定が出始めて、それで、自分も卒業後どうするか決めなあかんなと思った。それやったら、いっちょ夢を見よう、プロでやろうかなと。野球で飯を食って行こうとその時に目指しました」

 大学4年の春を過ぎたころだ。

 プロを目指すにはちょっと遅い時期ではないか。人とは感覚がずれている。
 
 大学時代にマネた投手はティム・リンスカム。08年、09年にサイヤング賞を獲得したメジャーリーガーだ(現在はFA)。「投球フォームとチェンジアップの投げ方を本で読んで、マネしました。首筋の使い方とか独特なんですけど、マウンドの先にドル札があると仮定してそれを拾う感じで投げろとか。全体の身体を使って投げるということだと思うんですけど、球の質が変わりました。チェンジアップは握り方っすかね。それを試したら、試合で5者連続三振が獲れたんです。大学4年の6月ころです」

 現在、好調の福山に、いまだリンスカムを意識しているのか聞いてみた。

「当時はそうでしたけど、今は、リンスカムじゃないですね。彼は落ちてきて、今はトレンドじゃないですしね。今は誰かというのは特にないっすね。今季はシュート(ツーシーム)がいいと言われますけど、投げていて、自分ではあまり納得いかないボールもあります。結果がいいんで、そう言われるんですけどね。いまは必死に投げているという感じです」

 大学当時から勢いに乗った言葉は聞こえてこない。 しかし、そうした普通ではない彼の言葉に惹かれる部分があるのもまた事実だ。

「目標は抑えるピッチャーです。中継ぎがいいかもしれないです。つかみのいい選手、応援される選手になれたらいいですね」

 取材者としては“つかみ”のいい選手ではなかったが、当時誓ったことを現実化させているように、福山は“つかみ”どころを知るセットアッパーとしての活躍を見せている。(文・氏原英明)