7月31日、野球日本代表「侍ジャパン」の新監督に稲葉篤紀氏(44)が就任することが発表された。選考にあたって侍ジャパン強化委員会が目標に掲げたのは2020年東京五輪での金メダルで、そのポイントに求心力、短期決戦対応力、国際力、五輪対応力の4点を挙げた。

 井原敦委員長は具体的にこう説明している。

「稲葉監督の選考理由は、いまの国内野球を見渡しても、最も豊富な国際経験を積んでこられたと言えます。法政大時代の日米大学野球に始まり、選手としては北京五輪で予選、本戦で活躍、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)も打線の主軸として2度の大会に出場されています。指導者としては2015年春から今年のWBCまで常設の侍ジャパンの打撃コーチを務められてきました」

 選手、コーチとしての経験を踏まえ、決定打としたのが「国際経験」だった。

「国を背負って戦う東京五輪という大舞台での頂点を目標に据えた場合、国際大会の経験は大変重要と考えました。短期決戦に向けたチームの作り方、戦い方を熟知されており、小久保前監督が培った常設侍ジャパンを継続、発展させて、金メダルにつなげてもらえるものと考えています」

 今年春に行われた侍ジャパンの合宿からWBCまでを取材した限り、稲葉氏に求心力があるのは選手たちの言動からも伝わってきた。国際経験も疑いない。しかし、それはあくまで選手、コーチとしての話だ。監督として発揮される保証はない。

 指揮官としての経験のなさについて、井原委員長はこう話している。

「小久保前監督と同様にこれからの3年間で経験値を高めて五輪に臨まれると判断しています」

 こうした人事の裏側には、2013年WBC後に常設化された侍ジャパンの監督は、決して美味しい仕事ではないという事情もある。チームの活動期間はプロ野球ペナントレースの前後の2度しかないが、常設という名目上、代表の顔である監督を常に置いておく必要がある。その一方、チームとしての活動機会が少ない=収入が限られ、それが監督の報酬に跳ね返ってくる(実際の額は公表されていないが、限られた額と言われている)。こうした事情があるのに対し、“看板”としての知名度が求められるため、成り手は限られてくるのだ。

 侍ジャパンが本気で「世界一」を目指すなら、稲葉監督の就任には反対だ。上記4項目のみを考えた場合、原辰徳氏や野村克也氏など、もっと経験豊富な指揮官が浮かぶ。勝つことを考えれば、彼らに本番の短期決戦のみ任せるという選択肢もある。

 しかし侍ジャパンには運営上、常設監督を置く必要があり、さらに目指すのは「世界一」ではない。今回、見据えるのはあくまで2020年東京五輪の金メダルだ。

 この大会は7月から8月に開催されるため、メジャーリーガーの参加はまず考えにくい。一方、WBCは回を増すごとに一流メジャーリーガーの参加数が増えており、まだまだ改善の余地が多くあるとはいえ、国同士の対抗戦形式で頂点を争う舞台だ。

 果たして、稲葉監督の視線はそこまで向いているのか。

「オリンピックという大会は選手の人数も限られますし、コーチの人数も非常に限られます。2021年のWBCの大会は、またちょっと違うのかなと思っていまして。とにかくいまはオリンピックに向けて、コーチの人選も含めていま迷っている最中ですので、そういう意味でもいまは、オリンピックで金メダルをとることしか頭にないので、そこに全力を注いでやろうとしています」

 アマチュア主体の東京五輪に日本はプロ野球を中断し、国内のトッププロ選手を結集させることが濃厚だ。実力的にライバルとなるのは韓国くらいだろう。一流プロをそろえながら苦杯をなめた2008年北京五輪の例はあるが、普通にやれば金メダルは見えてくる。

 稲葉監督の指揮官としての経験不足は、本番までに実戦機会を積ませていけばいい。実際、小久保前監督は采配経験を重ね、最後のWBCでは攻撃面の采配で柔軟さが見られた。カギになるのは投手陣の起用、特に継投だ。腹を割って話せる専門家を投手コーチに据えれば、この点もクリアできるだろう。

 侍ジャパンが掲げる目標は、あくまで2020年東京五輪。決して高い山ではなく、指揮官を支えるコーチ陣の選定さえうまくいけば、十分に到達できるはずだ。(文・中島大輔)