地方大会の熱気は甲子園へ──。8月7日に始まる第99回全国高校野球選手権大会を前に、横浜高校前監督の渡辺元智さんと野球解説者の荒木大輔さんに、2006年以降の夏の甲子園の「時代を映すベスト10ゲーム」を語り合ってもらった。聞き手はスポーツライター・佐々木亨氏。

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──まずはお二人の「甲子園での出会い」からお伺いしたいと思います。1980年の第62回大会で、1年生だった荒木さんは早稲田実業(東東京=当時)のエースとして、渡辺さんが率いる横浜(神奈川)と決勝で対戦しました。

荒木:順調に勝ち上がっていきましたが、決勝は独特な雰囲気がありましたね。準決勝までの疲れもあったし、いろんなものが混じり合ったマウンドでした。

渡辺:非常にクールな1年生がすい星のごとく現れたなという印象でした。威風堂々としているマウンドの姿。抜群の低めへのコントロール。すごいピッチャーが出てきたなと思いました。ただ、荒木さん、決勝でボークがありましたな?

荒木:初回ですね。

渡辺:その姿を見て、少し動揺しているのかな、と。私は「いけるかもしれない」と思ったものでした。あの夏、我々は全国制覇を宣言して甲子園に乗り込みました。負けるわけにはいかない。関東の名門中の名門である早実が相手でインパクトが強かったのですが、優勝宣言をして初めて夏の甲子園を制することができたのは大きな自信になりました。私自身も監督として大きなターニングポイントになりましたし、その後の自信につながった大会だったと思います。

──あの夏から37年の歳月が流れ、時代の移り変わりとともに高校野球を取り巻く環境は今、大きく変わってきたと思います。

渡辺:確実に変化してきたと思います。たとえば、昔は水を補給せずに汗を絞り出し、体が軽くなったら「さあ、行け!」という野球。今は選手たちに水を飲ませずに何かあったら指導者の責任になる時代。そういう観点からも、今と昔では百八十度の違いがあると思います。その環境下で野球自体も変わり、選手たちの体形にも変化が出てきましたよね。我々の時代は、農耕民族丸出しの胴長、短足の時代でしょ。今は大谷(翔平=現北海道日本ハム)選手のような身長が高くて足が長い選手が増えましたよね。昔は180センチ以上の選手は大成しないと言われていましたけど、今は体が大きな選手が本当に多くなったと思います。

 野球の戦術、戦力もずいぶんと変わってきました。つまり、指導自体が変化してきた。バッティングでは、ひと昔前まではピッチャーの球種を見るために、いかに球数を投げさせるか。そういうものを考えた攻撃でしたが、今は1球目からガンガン打ちに行く野球。それだけでも百八十度の違いがあると思います。

荒木:確かにそうですね。野球を取り巻く環境は大きく変わりましたね。私がプロのコーチをやっていたときには、すでに今のような野球が浸透していたので、選手たちとの会話は必要以上に意識しましたし、決して上から抑えつけるような指導ではいけないと感じたものでした。

──そんな変化がある中でも、夏の甲子園にはいつの時代も変わることのないドラマが毎年のように生まれます。お二人にとって、2006年以降で印象深いゲームをいくつか挙げていただければと思います。

荒木:私は06年の88回大会、早稲田実業(西東京)と駒大苫小牧(南北海道)の決勝ですね。再試合まで持ち込む粘り強さ、そして最後も駒大苫小牧の田中(将大=現ヤンキース)投手を相手に戦い抜いた決勝を見て、早実の選手がこんなにもたくましいんだと感心したものでした。

渡辺:その年のセンバツで、我々の横浜は早実と戦って一方的に勝ちました。その数カ月後の夏でしょ。私も早実の戦いには驚きましたし、衝撃的な優勝だったと思います。ただ、早実には伝統の力があるんです。あの夏も早稲田カラーを前面に出して、選手と監督の強い信頼関係のもとで手にした優勝だったのではないでしょうか。早実の伝統が、3年連続で夏の甲子園決勝に進んだ駒大苫小牧よりも勝ったということですね。

荒木:06年夏の早実の戦いもそうですが、やはり高校野球は何かが起こり得る世界なんですよね。だからこそ、多くの方がひきつけられて楽しめるのだと思います。07年の佐賀北と広陵(広島)の決勝もそうですね。追い詰められていた佐賀北が、終盤に逆転満塁本塁打で試合をひっくり返して優勝したあのゲームも印象深いものがあります。満塁本塁打を放った副島(浩史)くんと話をする機会があったのですが、球場の雰囲気を含めて、すべての力が自分たちのほうへ向いていたようだった、と言っていました。甲子園の空気が急に変わった、と。甲子園にある大逆転を期待する空気。今はそれが普通になっていますが、その流れができたのは07年夏の決勝あたりからではないでしょうか。
渡辺:球場の雰囲気は、選手たちに大きな影響を及ぼすものですよね。実際、私自身もその力を感じたことがありました。98年夏の準決勝(明徳義塾戦)で終盤に松坂大輔(現ソフトバンク)がテーピングを外してマウンドに上がったとき、球場の大歓声に体が揺れ動いて倒れそうになったものでした。

──球場の熱気が勝敗の行方を左右したゲームでは昨年夏の98回大会。9回裏に4点差をひっくり返して10対9で東邦(愛知)が八戸学院光星(青森)を下した2回戦が思い出されます。

渡辺:最終回、東邦はバットの芯でとらえていました。球場の雰囲気に、東邦の選手たちが「乗った」ゲームでしたね。技術以外の何かを感じたものでした。

荒木:観客のみなさんはドラマを期待するんですよね。ただ、甲子園の異様な雰囲気の中で打たれて敗れたピッチャーのことを考えると、その後の野球人生において、あの試合がトラウマにならなければいい。そう思ったりもします。

渡辺:昨年の大会では、北海(南北海道)のエースである大西(健斗)投手が印象深いですね。ストレートとスライダーで打ち取る、いわゆる普通のピッチャーでしたが、試合を重ねるごとに自信をつけて成長していった。準決勝では、前評判の高かった強打を誇る秀岳館(熊本)の打球が、ことごとく野手の正面をつく。一方、北海は野手の間をしぶとく抜ける打球で得点を重ねて勝利するわけですが、高校野球が持つ不思議な力を感じたゲームでした。一生懸命にやっていれば、必ずチャンスは来るというのを改めて感じたものでした。どんなチームでも甲子園に来たら「絶対に諦めない」という、まさに高校野球の教科書のようなゲームだったと思います。

──たとえ時代が移り変わっても、高校野球には昔も今も変わらない普遍的なドラマがある。一方で、取り巻く環境が変化し、野球そのもののスタイルが変わってきた現実もあります。

渡辺:私が監督だった時代に甲子園で対戦したことがある健大高崎(群馬)は、「足」を前面に押し出す野球をします。93回大会(11年)の2回戦で戦ったときは、その得意の足を絡めた攻撃をされて試合はもつれました。足を警戒する中での心理戦でもありました。走者に出てすぐに盗塁をしたり、サードゴロで二塁走者がホームを奪ったりする健大高崎のような走塁術は、いまや高校野球の中で新しい野球のイメージとして浸透しています。その対策として、ピッチャーはクイックで投げる練習をしたり、投球のインターバルを変えたりする工夫が必要です。そういうことを普段の練習からやっていないと対応できない。足を封じるための守備の練習を日頃からやっておく必要があります。

荒木:足を使ってくるチームに対して、私がピッチャーなら、あまり意識しすぎずに、割り切って投げるでしょうね。自分のピッチングが乱れることが一番悪いことですから。渡辺さんがおっしゃるとおり、対策や準備はもちろん大切になってくると思いますが、走られたら「しょうがない」という、ある種の割り切りは必要だと思います。

渡辺:健大高崎の野球のように今の高校野球では戦略や技術的にかつてとは違う野球が生まれてきています。それを楽しむ野球ファンも多い。これからさらに新しい野球を考え出す指導者が出てくるかもしれない。ただ一方で、昔のようにオーソドックスな野球、たとえば打ち勝つ野球を楽しみにしているファンもいます。どちらのスタイルにしろ、高校野球にはいろんな楽しみ方がありますし、それぞれの戦いにドラマが潜んでいると私は思います。

■渡辺元智・横浜高校前監督×荒木大輔が選ぶ10試合(2006年以降)

88回大会(2006年)決勝 早稲田実業 4−3 駒大苫小牧
駒大苫小牧の田中(将大=現ヤンキース)投手を相手に、最後まで粘り強く戦った後輩たちはたくましかった(荒木)
88回大会(2006年)準々決勝 智弁和歌山 13−12 帝京
高嶋仁監督と前田三夫監督。同じような気質と性格の監督同士の最後まで息の抜けないゲームでした(渡辺)
89回大会(2007年)決勝 佐賀北 5−4 広陵
大逆転を期待する空気が今の甲子園にはありますが、そのきっかけとなったような試合でした(荒木)
91回大会(2009年)決勝 中京大中京 10−9 日本文理
日本文理の9回の猛攻を受けながらも、名門・中京大中京の勝利への執念が伝わってきた試合でした(渡辺)
93回大会(2011年)2回戦 横浜 6−5 健大高崎
今や浸透している健大高崎の走塁術。あの試合でも「足」を警戒する中での心理的な戦いでした(渡辺)
94回大会(2012年)1回戦 桐光学園 7−0 今治西
桐光学園の松井(裕樹=現楽天)投手のスライダーは、高校生レベルではなかなか攻略が難しかった(渡辺)
95回大会(2013年)1回戦 仙台育英 11−10 浦和学院
浦和学院の小島(和哉)投手は内角を中心によく投げていましたが、甘く入った球を打たれていた印象(渡辺)
95回大会(2013年)2回戦 前橋育英 1−0 樟南
エースが先発しない試合が増えている中で、エースの2試合連続完封は珍しく、素晴らしかった(荒木)
98回大会(2016年)2回戦 東邦 10−9 八戸学院光星
ドラマを期待している甲子園の空気。打たれた投手の心理を考えれば、つらい試合でもありましたが……(荒木)
98回大会(2016年)準決勝 北海 4−3 秀岳館
どんなチームでも甲子園では諦めてはいけないというものを教えてくれた、教科書のような試合でした(渡辺)

※週刊朝日 2017年8月11日号