8月7日に開幕する全国高校野球選手権大会。今年も手に汗握る熱戦が期待されます。「週刊朝日増刊 甲子園2017」の執筆ライターが、“野球熱”を帯びるこの時期だから読みたくなる、高校野球本&漫画を紹介!! 『勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇』(集英社)で2017年講談社ノンフィクション賞受賞した中村計氏と、『永遠のPL学園 六○年目のゲームセット』(小学館)で2016年小学館ノンフィクション大賞を受賞した柳川悠二氏が選んだのは?



■中村計氏の5冊
『ひゃくはち』(早見和真/集英社)
『ルーキー』(山際淳司/角川文庫)
『弱くても勝てます』(高橋秀実/新潮社)
『0対122 けっぱれ! 深浦高校野球部』(川井龍介/講談社)
『やったろうじゃん!!』(原秀則/小学館ビッグスピリッツコミックス)

 小説『ひゃくはち』は、神奈川県の私立高校が舞台。いわゆる「甲子園常連校」だ。主人公は補欠部員の青野雅人。今や、すっかり売れっ子になった小説家・早見和真氏のデビュー作でもある。著者が神奈川県内の強豪私学野球部に所属していたこともあり、その高校と重ねずにはいられない。宴会で監督の十八番、河島英五の「野風増」の替え歌を選手らが歌うシーンは、何度読んでもグッとくる。

 青野が最後のベンチ入りメンバーとして名前を呼ばれたときの心の動きは、経験者でなければ書けないほどリアル。補欠の青野が相手チームのサインを盗み、ピッチャーの癖を見抜く細かな描写も野球通をうならせるほどの説得力がある。厳しい監督をどんなに憎んでいても「甲子園」という夢でつながり合う。滑稽だが、だからこそ切なく、そして高校野球にかける青春を、これほど見事に描いた作品は他にない。高校野球小説、いや小説の傑作である。

 スポーツノンフィクションの書き手として一時代を築いた山際淳司氏の『ルーキー』は、単行本発刊の際、こんな副題が付いていた。「もう一つの清原和博物語」。そう、何かと注目を集めるアノ男が主人公なのだ。異色なのは、清原に取材した跡はほとんどなく、周辺取材で清原の輪郭を浮かび上がらせている点だ。

 第2章「夏の少年たち」では、甲子園で清原にホームランを打たれた投手を訪ね歩き、妙な「感じ」に気づく。打たれて悔しいはずの彼らが<清原に打たれるのもまた勲章だという感じ>を漂わせているのだ。この表現に胸を突かれた。今でこそ周辺取材で対象者を描く手法は珍しくないが、これが世に出たのは1987年。清原の偉大さを斬新な手法で書き切った。

 東大合格者数トップの開成高校野球部を主題にした『弱くても勝てます』は、“ユーモアの巨人”高橋秀実氏だから書けた傑作。ノンフィクションのような、エッセーのような味わい。青木秀憲監督が掲げる10点取られても15点取ることを目指し、<ドサクサに紛れて勝っちゃう>超攻撃型野球は、目からうろこ。

 同じ弱小の部類に入る野球部の物語で、また違った味わいなのが『0対122 けっぱれ!深浦高校野球部』。青森の県立深浦高校(現・木造高校深浦校舎)は98年夏、青森大会2回戦で0−122と信じられない大敗を喫し、大きなニュースになった。丹念な取材で地方の過疎化に悩む地域の高校野球事情を描く。甲子園出場だけがすべてではない。これも高校野球なのだ。

 監督を主人公にして成功したのが『やったろうじゃん!!』ではないか。体罰で高校球界を去りながら、ひょんなことで指導者として現場に戻ってきた監督の再生物語だ。選手が高校野球を「通過する人」であるのに対し、監督は「留まる人」だ。私の著作が監督中心になってしまいがちなのは、そんな監督の年輪に引かれるからだ。彼らは高校野球に憑(つ)かれる、高校生以上に「少年」なのだ。

■柳川悠二氏の5冊
『甲子園が割れた日』(中村計/新潮文庫)
『四番、ピッチャー、背番号1』(横尾弘一/ダイヤモンド社)
『遥かなる甲子園 聴こえぬ球音に賭けた16人』(戸部良也/双葉社)
『神宮の奇跡』(門田隆将/講談社文庫)
『タッチ』(あだち充/小学館少年サンデーコミックス)

 とんだ赤っ恥である。早稲田実の清宮幸太郎を報じる「週刊文春」(8月10日号)の2ページにわたるグラビアに、清宮の言葉に耳を傾ける自分のみすぼらしい顔がデカデカと写ってしまった。

 取材現場では対象に多くの質問を投げかけたいし、一言も聞き漏らしたくない。できることなら息づかいまでキャッチしたい。清宮のような寵児(ちょうじ)ともなればなおさらだ。この取材姿勢は親しく(!?)お付き合いしている先輩ライター・中村計さんに倣ったものだ。

「ノンフィクション」というジャンルが果たす役割は、誰もが知る事象の、誰も知らなかった深層を探ることにあると思っている。高校野球の歴史に刻まれた星稜・松井秀喜の「5打席連続敬遠」の裏側とその後を解き明かしていく中村さんの著書『甲子園が割れた日』は、ノンフィクションの王道をゆく作品だ。

 当時、高校野球の取材経験が浅かった僕は、この本に込められた著者の熱量に、端から完敗モード。なかなか口を開いてもらえない関係者を口説いていく過程が、この本の醍醐(だいご)味となっている。高校野球を題材とする名著は数多くあるが、高校野球の最前線で取材するライターが著した作品は少ない。作家性の強い中村さんの才能に、僕は猛烈に嫉妬した。野球の知識はとてもかなわないし、筆致も大きく異なる。まねできるのは、取材現場の最前列に立つことぐらい。それが冒頭のような悲劇を生んでしまった。

『四番、ピッチャー、背番号1』は、その題名が示すとおり、投打にわたってチームを牽引(けんいん)し、甲子園に導いた高校球児9人の物語を集めた短編集だ。

 第二章に登場するのが、1986年夏の甲子園決勝で、天理に敗れた松山商のエース藤岡雅樹さん。決勝までの6日間で、実に5試合に先発した藤岡さんは、明治大学に入学したがケガによって野球部を退部。その後は独学でカメラを学び、現在は大手出版社のカメラマンだ。今年、高校野球の仕事で藤岡さんと全国を飛び回った。忘れられないのは熊本工を訪れた時のこと。プロ注目のエース・山口翔は今年の選抜の大会初日に登場し、四球を連発して敗退。わずか1日で甲子園を去った彼は、誰より長い夏を過ごした藤岡さんの経験談に聞き入っていた。甲子園のマウンドを経験した投手にしか見えない世界があり、その世界を共有する者にしかできない言葉のキャッチボールがあった。

 物心ついた頃、実家の本棚には『タッチ』があった。7巻で主人公の弟・和也が亡くなるシーンは、当時も、そして35年近くが経った今も、読めば涙腺が崩壊。毎年、阪神電車の中でこの作品をスマホの画面で読みながら甲子園に向かうのが習慣だ。

『タッチ』に限らず、多くのスポーツ漫画には、ヒーローに群がるやじ馬のような記者が登場する。僕はそういう登場人物が大好きで、この職業に憧れた。

※週刊朝日  2017年8月18−25号